第8話 断罪の葬式②

 エレミー男爵家3人がシルリアの街の葬儀場に到着すると、入り口でマーチャドが屈強なガタイの修道士を4人両側に待機させ、出迎える。


「エレミー男爵家の方でしょうか?」


 マレナがマーチャドを睨みつけながらええ、そうですけど? と冷たい声で返すと、マーチャドはお待ちしておりました。と気持ちのあまり籠もっていない声で返す。


「この度はお忙しい中お越しいただきありがとうございます。そして男爵夫人のお悔やみを申し上げます」

(ふん、エレミーさんを殺したのはどうせあなたでしょうに)


 マレナが疑いの眼差しをマーチャドに向けているとクララがマーチャドに近づいた。


「あなたがマーチャド・リューゼスト伯爵様ですかぁ?」

「ええ、そうですが」

「私はクララ・エレミーと申しますぅ」


 ヴェリテ伯爵という名の婚約者がいるにも関わらず、クララはマーチャドに媚びを売り始めた。


(ヴェリテ様もいいけど……リューゼスト様もかっこよくていいわあ。これで夜がお盛んだったら言う事なしね!)


 クララの考えている事は完全な浮気なのだが、彼女にはその認識はない。

 クライストはただマレナの後ろで立っているだけだ。


「ではエレミー男爵夫人の元へと向かいましょう」

「ええ、そうね。案内してくださいな」


 マーチャドがユーティアの身代わりである娼婦の遺体が安置されている個室へと案内する。金色のドアノブをがちゃりと開けると、そこには派遣されてきた修道女3名によって清められ、既に木造りの白い棺桶へと収められた娼婦の遺体が安置されていた。


(蓋を先に閉めて置いて正解ですね。エレミ―男爵とその妹は気づいてないでしょうけど、マレナ様は何か疑っている様子……)


 マーチャドはエレミー男爵家の3人にどうぞ。と促しながら閉じられた棺桶の蓋を眺めながら考えを巡らせている。


「! ユーティア!」


 最初に遺体へ駆け寄ったのはクライストだった。彼は完全にユーティアだと信じきっている。


「ユーティア……! ああ、ユーティアぁあ……!」


 クライストは棺桶にしがみつくようにしてわんわんと泣き始めた。


「ユーティア! 愛していたのに……!」

(エレミ―男爵……どこが愛している、だ。母任せでユーティアさんをあれだけ困らせておいて)


 マーチャドは心の中で泣きわめくクライストへ悪態をつく。


「お義姉様、亡くなってしまったのね……残念だわ」


 クララは眉を下げ寂し気に語るが、気持ちが籠っていないのはマーチャドからすれば明らかだった。

 まだ泣きわめいているクライストを尻目に、マーチャドは沈痛な面持ちを崩さず皆様……を口を開く。


「では、早速ですが葬式を執り行いましょう……」

「お待ちください、リューゼスト伯爵」


 マレナが右手を軽くあげて、マーチャドの動きを制する。


「うちの息子がああなっているのに、今すぐ葬式だなんて」

「お気持ちはよくわかります。この後たくさんお別れの時間を設けますのでご心配なく」

「それと……検死は?」

「……それに関しては先ほど終了いたしました。到着前に行い、申し訳ございません」


 これに関してもマーチャドの嘘である。手紙では検死について触れていたが、実際には検死をしたという偽の報告書を医者に頼んで作ってもらっただけ。


「どうして待てなかったのかしら?」

 

 相手が格上の伯爵だろうと、強気な姿勢は崩さないマレナ。そんな彼女へマーチャドは医者の都合です。と淡々と返す。


「医者もお忙しいですからね。私としてはエレミー男爵家の方々がお越しになられてから検死を行いたいと考えておりましたが……こればかりは仕方ありません」

「まあ……そうでしょうね……お医者様もお忙しいでしょうしねえ」

「報告書をお預かりしております。お読みしても構いませんか?」

(嫌な予感がするわね……)


 マレナが敏感に何かを感じ取っている中、クララは早く済ませてくださいぃ~とマーチャドに近づき両胸に手を寄せてアピールしながら催促してくる。クライストはいつの間にか泣き止んだようだが、まだ棺桶のそばにへばりついていた。


「では報告書を読まさせていただきます」

「ど、どうぞ……」

「結果から述べますと、死因は過労でございます」

「!」


 嫌な予感が的中したとばかりに苦々しい顔に変わるマレナと、驚きの表情を浮かべるクララとクライスト。そんな3人にマーチャドは軽蔑のこもった目線を投げる。


「実の所、取引のさなかにエレミ―男爵夫人は忙しくて休む間もない。貧乏で借金があるからメイドやコックも雇えない。そしてマレナ様とクララ様の浪費癖が凄まじく、理不尽な応対をしてくる。と打ち明けてくださっていたんですよねえ……そしてこの結果です。私が言いたいのは何か、わかりますかね?」


 怒涛の勢いでつらつらと事実を指摘され、クララは真っ青に顔色を悪くさせている。にっこりと口角を上げているマーチャドだが、彼の目は笑っていない。


「だって! お義姉様が全部やってくれるって言ってたもの!」

「それも確認いたしました。が、事実ではございませんでした」

「なっ……!」

「クララ様とマレナ様が最近お買い上げになったドレスやアクセサリーなどの領収書なども入手出来ました。なので証拠はございますよ」


 マーチャドがズボンのポケットから領収書を1枚取り出す。真珠のネックレスの領収書なのだが、そこにはしっかりとクララの名前が記されていた。


「なっ……!」

「クララ! どうして自分の名前を書いたのよ!」


 とマレナが怒り任せに声に出したがすぐさま口を抑える。


「……なるほど。先ほどのお言葉、しかと耳に刻み込みましたよ」

「! リューゼスト伯爵様……!」

「この報告書や領収書などは葬式が終わり次第国王陛下にお渡しする予定でございます」


 腹の底に隠していた怒りを放つかのようなマーチャドの宣言に、エレミー男爵家の3人は身体を震えさせる。

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