第53話 人生

 月明りを頼りに私とヨセフ様はひたすらクピドの大通りを目指し、道の端に停まっている馬車を探す。

 

 早くヘパイストスのギルドの宿に帰ろう。


「御者のおじさん!今って営業やってる!?ヘパイストスまでお願い!2人分!」


 暇そうに馬車から降りて月を眺めている御者を1人見つけ、乗り込んだ。

 馬車の中の明かりで、手元の懐中時計を見るとまだ19時だった。




* * * * * *




 馬車に揺られながら、ヘパイストスに到着した。

 そのまま町の中心部から逸れた場所を歩き続け、宿に入り私たちは拠点の集団部屋に帰る。


 部屋に戻った後、私はすぐ宿の共用キッチンに行く。

 私たちは秋も半ばだというのに、上着を羽織らずに祝宴場から出てきたので寒がっていたからだ。


 身体を温めるために薬草を粉末状にしたものを2人分のコップの中に入れ、白湯を注ぐ。

 1つをヨセフ様に差し出した。


「リオくんとジャックさん、あともうちょっとしたら私たちみたいに帰ってくるかもね。ロイドも多分、アマデウスの自宅に帰ってるだろうし」


 私はそのまま腰かけて、飲み物を啜る。

 ヨセフ様は何も飲まず、ただ俯いていた。


「どうしたの?飲まないの?寒かったでしょ?身体、あったまりますよ」


 不思議に思った私は勧めた。

 しかし、ヨセフ様はそのままコップを横に置く。


「どうやって君たち、あんなところに」


 私たちが祝宴場に乗り込んだ手口のことだろうか。


「ああ、あれはですね……。私がテオドールから招待状を貰ったロイドのお付きの使用人メイド、他の2人がロイドに雇われたボディーガード?私兵?ってことで祝宴場に入れたんです」


 コップの淵をいじりながら、私は話す。


「祝宴場の受付まではスタッフが対応してて、誰にも顔が割られてないからそのまま中に入りました。でも会場の部屋は流石にリオくんとジャックさんはテオドールに顔がバレてるだろうし、そもそも二人とも亜人間デミヒューマンで目立つから、二人には部屋の外で待機してもらって、一番目立たない私だけ会場に入って使用人のふりをしてました」


 自分で説明しながら気が付く。

 あの部屋の外でリオくんとジャックさんがいたなら最初からドア壊すの、二人に手伝ってもらえばよかったな……。


 一人、心の中で反省会をしていると、ヨセフ様がゆっくり顔を上げた。

 その顔は暗く、澱んでいた。



「……俺のことなんか放っておけばよかったのに」


 ヨセフ様は呟く。

 今日の婚約祝宴で私たち傭兵団の3人とロイドで乗り込んだことについて。

 私はその言葉に返答せず、一度黙って聞いていた。


「俺なんか放って3人で傭兵団やってればよかったのに……。じゃないと、こんな、俺……迷惑かけて……」

 

 ヨセフ様の言葉は混乱していて、段々支離滅裂にはなっている。

 だけど、私は何のことか言われなくてもわかる。


 今回の婚約に従わなければ、テオドールが商人ギルドへ圧力をかけて私たちに仕事を回さないように脅迫したことに対して。

 ヨセフ様は圧力から私たちを守るために、望まない婚約をした。

 でも私たちがヨセフ様を奪い返すために暴れて、ハーヴェスト家の名誉も世間体も何もかもめちゃくちゃにした。

 これからテオドールにどんなことをされるか、を恐れている。


 テオドールそのものに怯えていることもあるだろうが、それだけが理由で報復へ怯えているのではない。


 テオドールからの圧力で仕事がなくなれば、私たちが生活できなくなると思ったから──。


 いつだってヨセフ様は、自分のことよりも他人のことを心配している。

 初めて一緒に仕事をした時から他人を優先する、そういう人だった。


 思慮深い彼が、私は好きだ。

 だからこそ、私は伝えなきゃいけないことがある。

 私、川田かわた恵麻えまと他の皆の総意として。



「私は……私たちは、ヨセフ様に黙って出て行かれる方が辛かった」



 ちゃんとした別れもなく、急に俺は結婚するから傭兵団を抜ける、と告げられた時、何もできなかったことが悲しかった。

 数日間様子がおかしかったことも含めて、彼が心の底から婚約をしたかったわけじゃないのはわかっていた。

 私たちはお金も権力も何もない。

 頼りにならないかもしれない。

 でも……。



「……私たちは仕事が減っても、別のことで何とか頑張れる。私ももっと薬草の採取を頑張ったり、他のパーティーに自分を売り込んで出張派遣の飯炊き係やったっていい。……私は、私たちはヨセフ様が思っているより、ヨセフ様にだけ依存して生きてない。皆で支え合いながら生きていくことだってできる」

「でも、それじゃ俺は迷惑をかける……」

「迷惑なんかじゃない!」


 私は、弱々しく反論するヨセフ様の言葉を遮った。

 私は今まで、ヨセフ様の言うことには大抵同意したが、今回は強く否定する。


 いや、今日は絶対に否定しなきゃいけないんだ。



「……私たちは、相談してほしかった!それがなかったのが、一番悲しかった……!」



 相談してほしかった──。


 私は泣きたいのを堪えていたが、代わりに堰を切ったように言いたいことがあふれ出して止まらない。

 色々考えていたことや精一杯の気持ちが、頭の中から次々に出てきた。


「確かに傭兵団の団員だけじゃ、テオドールに対抗するお金も権力もないよ!私たち、どうやっても庶民だから!でも……それならロイドがいるじゃん!私たちが頼りなくて駄目なら……ロイドにだけでも頼ってほしかった!友達なんでしょ!?なら、アイツにくらいは……。相談してほしかったんだよ……!」



 私に頼ってほしいなんて烏滸がましいことは思わない。

 知り合ってからの仲の深さが違うから。

 それが悲しいわけじゃない。

 私以外の人間、誰一人にでも信用してくれなかったことが悲しかったんだ……。



「ヨセフ様。もしよかったら今から私の話すこと、聞いてくれる?」

 

 そのまま少し距離を近づけて、逞しい両腕を掴んだ。



 ──今は、私の目だけを見て。

 ──私の言葉だけを聞いて。


 

 そんな思いだけを考えて、言葉を続ける。



「もう他人のために、自分を使い潰すような生き方はやめて」

「エマ……」

「あなたのしたいことは……何?」


 私の問いかけに、ヨセフ様はまっすぐ見つめてきた。

 彼の黄緑色の瞳が、私の目だけを捕らえている──。



「この傭兵団で……君たちと、一緒に働く……」


 

 それは震えていて静かな声だったが、はっきりと強い意思だった。


 だから、私もヨセフ様が伝えてくれた吐露に、真摯に伝えよう。



「私も、私たちも……あなたと働きたい。だから」


「もっと、人に……頼ってほしい」



「ヨセフ様は、ヨセフ様しか歩けない人生を生きてほしい」

 

 

 目の前の黄緑色の瞳は、穏やかに、半月に代わっていた。

 それは、世界で一番美しい月だった。


 一筋の涙が流れている。


 私はその涙を、服の袖で拭った──。

 

 



続く…

* * * * * *

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