第51話 時は来た①
※第三者視点
──王都アイテール内の町・クピドの高級祝宴場にて。
ハーヴェスト男爵家とシアーズ男爵家の婚約祝宴が行われた日。
両家が揃い、ハーヴェスト家当主のテオドールが式辞を述べた。
式の中盤で、ヨセフの婚約者であるリディアがお色直しのために席を立つ。
その間、テオドールとヨセフは来賓者への挨拶回りをしていた。
彼らの前には黒々とした髭が特徴的な黒のタキシードを着た壮年の紳士と、同じ世代ほどの薄紫色のドレスとアメジストのイヤリングをした貴婦人の夫婦。
「お忙しいところ、お越しくださりありがとうございます」
「いえいえ、ハーヴェスト男爵様にはいつもお世話になっておりますから、当然ですわ」
ほほほ……と貴婦人が笑う。
テオドールは謙遜しながら会釈した。
談笑しながら、横目で周囲を見る。
(今日の祝宴には、オーウェン
紺色の貴族風スーツに身を包む、エルフの美青年。
それが
招待客の貴婦人や令嬢から黄色い声援を送られ、舞台俳優が如く女たちに向かって投げキスをしたり手を振ったりしている。
(
テオドールはほくそ笑んだ。
* * * * * *
先ほどからの貴族の夫婦との話が予想以上に伸びていた矢先。
「……そういえばシアーズ家のリディア嬢、遅いですな」
「そうねえ。どうしたのかしら」
先ほどからテオドールと話し込んでいた紳士と貴婦人が不思議そうにしている。
「ええ、少し遅いですね……」
テオドールも相槌を打つ。
お色直しから30分以上も経っていた。
いくらドレスの着脱が大変でも、シアーズ家の使用人や祝宴場のスタッフが大勢いればそこまでかからないはずだが……。
「……俺が、見に行きましょうか」
ヨセフは小声でテオドールに耳打ちした。
テオドールは首を振る。
「いや、いい。お前はここにいろ。誰か呼ぶ」
テオドールが呼び鈴を鳴らす。
「はい、こちらに」
ヨセフの隣から甲高い女の声が聞こえた。
見ると、黒いロングドレス風の給仕係の服を着て、白いモブキャップを目深にかぶっている三つ編みの女だ。
「おお、丁度いいところに。リディア嬢の様子を見に行ってくれないか?」
テオドールは給仕係の女に命令する。
なんてことはない指示だった。
──しかし、女の答えは予想外のものが返ってくる。
「……無理です」
テオドールは面を食らった。
「おい、お前……給仕係だろ?早く様子を見に行ってこい。職務放棄か?」
「いや、そうではなくて……シアーズ男爵一家は先ほどご帰宅されました。ですから、無理です」
(帰った……!?一人ならまだしも全員!?理由は!?)
焦ったテオドールは女の胸倉を掴み、怒鳴り声をあげる。
「帰っただと!?シアーズ家はこの式の共同主催者だぞ!?あり得ない!あんまりふざけたこと言ってるとお前の雇い主に解雇させるからな!」
「テ……兄様、もう少し声を抑えてください。お給仕係さんのことも離してください、女性ですよ」
「知るか!」
テオドールの声は段々と大きくなり、ヨセフの仲裁も聞かない。
ハーヴェスト兄弟と会話していた夫婦は、怪訝な顔をしている。
──その時。
「ハッ……」
テオドールの焦る様子を見て、給仕係の女は鼻で笑う。
その嘲笑を聞いて、テオドールの額には血管が浮き出ていた。
「……何がおかしい」
「……解雇?いいですよ。むしろ、ここで働いていない人間をどうやって解雇するのか見てみたいです」
「働いていない?何言ってるんだ?」
「……だからさぁ、まだわかんない?別に私ここの従業員でもないんだよね」
「はあ!?」
「……給仕係って、皆似たような服着てるからわかんないか。特に、あんたみたいに他人を道具でしか見てないような人間なら区別つかなそう」
──いつの間にか、女の声は細い甲高い声ではなく。
はつらつとした、芯の強い声になっていた。
女は胸倉を掴んだテオドールの右手を左手で掴んでいる。
「……私はね、しいていうなら今はオーウェン家の使用人。そして──」
目深にモブキャップをかぶった女の目が見える。
薄茶色の瞳。
(この女……!)
テオドールには見覚えがある。
(こいつ、ヘパイストスの──)
何かを思い出した瞬間、左頬に何かがぶつかった。
「ヨセフ様を取り返しに来た女よ!」
──エマの胸倉を掴むテオドールに、ビンタが炸裂したのだった。
続く…
* * * * * *
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