第45話 鍍金の家①
※第三者視点
(俺が7歳の頃ここに来た時は……冬だったか)
──高級店が並ぶ王都アイテール内の町・クピド。
庶民や冒険者の町・ヘパイストスとは真逆の、貴族や富裕層の商人が集う町だ。
その少し外れにある、黒い大きな柵と門に囲まれた白亜のような豪邸。
門の前に、一人の男が立っていた。
ヨセフだ。
仕事でよく着用する深緑色の外套。
薄茶色の麻で作られた庶民の服装に、履き古した黒い靴。
鞄代わりの使い慣れた、大きな薄茶色の野営用の麻袋。
ヘパイストスから馬車でこちらに降りた時も、道行く人々との服装の差にいたたまれなさを感じていた。
そして人目を気にしつつ、ハーヴェスト邸までやってきた。
ヨセフは呼び鈴を鳴らす。
屋敷の中から使用人の女性が現れ、開錠した。
「中で当主様がお待ちしております」
ヨセフは女性に礼を言い、屋敷へ入っていく。
(……変わらないな)
長い廊下には、様々な絵画や白磁の陶器が飾られている。
女性の後ろをついていき、大広間まで辿り着く。
星空が描かれた高い天井に、ガラス製のシャンデリア。
黒檀の客用の大きなテーブルと椅子。
白い壁に夫婦の肖像画が飾ってあるのを眺める。
吊り上がった目元の壮年の女性が座っている。
髪を高くまとめ上げ、薄い唇には真っ赤な口紅。
黒い首元が覆われたドレスにエメラルドの首飾りをしている。
テオドールの母親だ。
その隣に立っている、白髪交じりの黒髪をオールバックにした壮年の男性。
白い上質な生地に、金の模様が入った貴族風のスーツを着用している。
垂れ目に黄緑色の瞳。
これがヨセフの父親・ハーヴェスト家前当主だ。
ヨセフの母親は当然、この肖像画に描かれているはずはない。
彼女は元々、この家の
前当主にお手付きされ……その末に生まれたのがヨセフだ。
「随分、ここに来るまで日をまたいだようだな」
この家の前当主とその夫人の肖像画を眺めていると、冷たい声がした。
声の方をヨセフは向いた。
テオドールだ。
先日冒険者ギルドに来た時とは違い、白いシャツに紺色のズボンとラフな格好だった。
何か薄い本のようなものを持っている。
「……申し訳ありません」
「……もっとまともな服、なかったのか?」
「……」
テオドールが眉を顰め、なじる。
ヨセフは羞恥と悲しさで、俯いた。
テオドールはヨセフを気に留めることなく、そのまま手に持っている本のようなものをヨセフに向ける。
「お前に渡すものがある。これはお前の婚約者の肖像画。シアーズ男爵の一人娘・リディア嬢だ。その中身を一度拝見したがとても美しく、聡明そうな方だったよ」
テオドールから手渡されたのは、見開きのある額縁だった。
この中に肖像画が入っている。
現代日本でいう、見合い写真のようなものである。
「この国じゃ、王族以外は一夫一妻制の法律だからな。シアーズ家はこの家と違って歴史ある由緒正しき男爵家だし、我が仕立て業の取引相手としても申し分ないんだが……。とっくに嫁いだパメラ姉様はそもそも女だから無理、嫡男の俺はすでに妻子がいるしでどうしたものか困っていた。でも調査してお前を見つけてよかったよ。まだ一応独身だもんな」
テオドールは心底安堵したように話す。
「ああ、でも……ふふっ」
「?」
そして、何かを思い出し、突然笑いだした。
「リディア嬢と結婚したら、浮気とか愛人をよそで囲うとかはやめてくれよな。世間体も悪いしさ。……ヘパイストスのギルドの宿でお前と一緒にいた、間抜けた顔をした女。あの女、傭兵団にいるくせになんか違和感あるよなあ?調査書ではお前のところのメンバーってことらしいが……あれ情婦じゃなかったのか?」
「……断じて違います。やめてください」
テオドールからの侮辱にヨセフは強く否定する。
しかし、テオドールはそんなヨセフの態度を鼻で笑った。
「どうだか。お前には父様をたぶらかした、淫売女の血が入ってるんだから……」
──殺したい。今すぐに。
ヨセフの俯いた黄緑色の瞳には、仄暗い殺意がこもっていた。
頭の中でシミュレーションをする。
テオドールはヨセフと同じくらいの長身の男だが、筋力差では圧倒的にヨセフの方が強い。
──このまま体当たりして、馬乗りになって、麻袋の紐で首を絞めてやれば……。
ここまで考え込んで、はっとした。
(いや、こんなこと考えたって何の解決にもならない……。そもそも、殺人は流石に軍に逮捕される……。もしもそんなことをして、
ヨセフは拳を握りしめ、口元を固く結び耐える。
アスター王国では、盗みや暴行は捕まらなければうやむやになることも多いが、殺人はそうもいかない。
“おのれの家のものを
中でもテトラ教の“家族を重んじる”教義と密接に関わる、家族間での殺人は大罪だ。
断頭台行きの罪の一つでもある──。
「まあいい。雑談はこんなところにしておくか。……おい、ヨセフを客用の宿泊部屋まで案内しろ」
「はい」
テオドールに命じられ、使用人の女性が「こちらへ」と手招く。
そのままヨセフは先程と同じく、女性の後をついて階段へ上がった。
続く…
* * * * * *
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