第26話 破滅を売る商人

 ※三人称視点


 ヨセフ一行は強盗犯を倒した翌朝、冒険者ギルドとアスター王国軍の憲兵に通報し事件のあらましを話した。

 



 昼1時。

 ヘパイストスの時計屋の前。


 辺り一面、野次馬根性の民衆が押し寄せ、憲兵が事件現場の周りを規制していた。

 憲兵と衛生兵は、真っ二つになった強盗犯の死体を担架で運んでいる。

 民衆にまじって、黒い日傘を差した背が高く細い男と、隣の男より頭一つ背の低い狼の獣人の男が並んでいた。

 日傘の男は爽やかなシルクのブルーグレーのシャツを着ており、優雅な印象を与える。

 対して狼の獣人の男は、粗末な麻で作られた濃紺の半袖の上着と黄土色のブレーを着用している。

 端正な顔立ちに、その恰好はちぐはぐだ。

 


「日中のニュクスもヘパイストスも探して、どこにもいないと思ったら……夜に騒ぎを起こしていたんですねえ」



 背の高い、血色の悪い男がため息をついた。

 狼の獣人の男は何も言わず、黙って担架に運ばれている死体を見つめた。



 日傘の男の名はルカ・ドラゴニア。

 アスター王国有数の名家・ドラゴニア家嫡男。

 爵位は侯爵。

 表の顔は元外交官の保守党議員。

 裏の顔は秘密結社“黒竜騎士団”の幹部であり、外交官時代の人脈を活かした違法薬物の元締め。

 ドラゴニアは“夢幻草むげんそう”という名の薬物の製造・販売・輸出で莫大な富を得ている。

 最近は自分が経営している違法賭博場・カロンクラブの闘士である、狼の獣人の男・アイスマンを用心棒にして、裏社会を牛耳っていた。



 夢幻草むげんそう──。

 強盗犯と対峙したエマが、繰り返し聞いた謎の言葉。

 言葉の正体は、4年前からアスター王国の北の歓楽街・ニュクスで出回り始めた違法薬物である。

 主な客層は賭け狂いや色狂い、人生に価値を見出せてなさそうな無気力な若者といった、一時の快楽や刺激のために現実逃避したがるような連中だ。


 症状は高揚感や興奮、多幸感が得られる。

 反面、依存性がどんな薬物よりも高く常習的になる。

 薬物中毒者の見た目は目が虚ろになり、落ちくぼみ、頬も身体も痩せこけ、それはまるで骨と皮だけの骸骨のような風貌になる。

 どれだけ太った人間でも、最終的にはその風貌になるのだ。

 容姿だけではない。

 言動も「夢幻草むげんそうが欲しい」という言葉しか発しなくなる。


 夢幻草むげんそうの販売の手口は以下の通りだ。

 初回と二回目まではカロンクラブやその周辺に出入りする柄の悪い連中に無料で提供する。

 三回目の提供から値段を吊り上げ、最終的に法外な金額の薬物を売りつける。

 理性も倫理観もなくなった中毒者は、高額な夢幻草むげんそうを手に入れるために手段を選ばなくなる。

 どんな重い犯罪だってやってのける。

 もしくはカロンクラブで闘士になって、夢幻草むげんそうを手に入れるために、一攫千金の夢を見て殺し合いの賭け事──殺戮遊戯コロッセオに身を投じる。

 勝っても負けてもカロンクラブの利益になる。

 所謂マッチポンプだ。

 愚かな中毒者は、いつだってドラゴニアへ富をもたらす。



 そして最近は、その夢幻草むげんそうの成分を変え、“瘴気”というこの世ならざる元素を含ませた。

 そうすることにより、薬物の依存性で何も食べずに餓死してしまった中毒者が自分が死亡していることに気づかずにモンスターになる。

 ちなみに改良した夢幻草むげんそうを開発したのはドラゴニアの愛妾の魔術師だ。



「あんなモンスターだったら誰にも倒せないと思ったんですが、あっさり倒されちゃいましたね。夢幻草むげんそうの更なる改良が必要になりました」


 ドラゴニアは退屈そうに事件現場を眺めてぼやく。


 なぜ恵まれた貴族のドラゴニアがこんな違法薬物の元締めなどをしているのか。

 魔王ファフナーを崇拝し、復活させようと企んでいる。

 その資金繰りや実験の一環だ。


 ドラゴニアは実のところどれだけ他人に高貴な身分だと褒めたたえられても、優秀になろうとも、結局は王になれない侯爵という血筋に縛られた中途半端な立ち位置に退屈していた。

 魔王を復活させ世界を一度滅ぼした暁には、世界のどこかの国の王になってみたいと考えていた。

 そのために瘴気を混ぜた夢幻草むげんそうで自分の思い通りに従う屍の兵隊を作ろうとしていた。

 手始めにカロンクラブに出入りしていた賭け狂いに、瘴気入りの夢幻草むげんそうを提供したのである。



「あの賭け狂い、屍人ゾンビになっても一応、深夜に強盗すれば誰にも比較的気づかれないでお金が盗める、という知恵は回っていたんですね」



 つまり、一連の強盗事件の黒幕は、ドラゴニアであった。




 


「はあ……。いつまでも憲兵たちが後処理している場面を見ても面白くないですよねえ」

「……」


 ドラゴニアの用心棒であるアイスマンは何も答えない。

 日常茶飯事なので、彼は話を続ける。


「そうだ。この間面妖な服を着た若い女性と傭兵の男性が、美味しそうなクレープを食べていたんです。アイスマンの分も買いますから、食べに行きましょうよ」


 少しの沈黙の後、アイスマンがゆっくり頷いた。

 二人は、民衆を掻い潜るように後にする。



 アイスマンはドラゴニアの後ろを歩きながら、心の中で自嘲した。




(どこまで行ってもこの男は外道。でも、故郷を救う金欲しさのために従う俺も……同じようなものだよな)







続く…

* * * * * *

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