第9話 初めてのふたりの夜♡

一歩一歩すり足で近づいてくる足音が俺の背筋をじわじわと緊張させていく——


おそらくその足音の主は真皇だ。いや真皇でなければむしろ大問題。

真っ暗な部屋の中、カーテンの隙間から差し込む月明かりを頼りに俺はうっすらと目を開けてその人物の姿を確認しようとした。


うん、どう見てもシルエット的に真皇……こんな爆乳でスタイル良い泥棒なんていない。某大怪盗の相棒の女性を除いて……


ここで起きて電気をつけ彼女を驚かすべきか。それとも寝たふりをしてやり過ごすべきか。俺は静かに選択を迫られていた。

そんな難しい選択は俺の脳内で熟考ののち後者に決まる。


そうしている間にも、気がつけば彼女は俺のベッドのすぐ横に立ち、月明かりの中、かがみながらじっとこちらを見つめていた。


「ねぇ……治人、起きてる?」

「……………………」

「もう寝ちゃった?」

「……………………」


視界には何も映らない。

真皇の表情は闇に溶け、ただその声だけが夜の静寂にやさしく響いている。


「治人……一緒にお布団はいるね……」


そう言うと彼女はそっと布団をめくりそのままするりと中へ潜り込んできた。

肌のすぐそばに感じるやわらかな体温。

そして俺の心はまるで警報でも鳴ったかのようにざわめき出す。


「治人と一緒のベッドで寝れるなんて……嬉しいなぁ♡」


彼女はじっとこちらを見つめながら嬉しそうな声色で言葉を紡ぐ。

一方の俺は、加速する心臓の鼓動をどうにか抑え込みながら目を閉じて彼女の誘惑に抗っていた。


「やっぱ、ねちゃったよね……?」


いや……寝てないが、起きるタイミングを失ってる……


「………えへっ♡寝顔可愛い♡」


ああこれダメだ。完全に選択ミス。これ幸せな拷問だわ……

少しでも油断すれば顔がだらしなく緩んでしまいそうな、そんな甘い声が横から常に響いてくるこの状況。辛みが深い。


そんな俺の葛藤など気にする様子もなく、彼女がじわじわと近づいてきているのがわかる。

1cm、また1cmとふたりの距離は気づけば肩が触れそうなほどまで縮まっていた。


「ねぇ治人?本当に寝てる?………………ふぅぅぅ………」


なぜか大きく息を吐いた彼女はそのまましばらく沈黙を保つ。

やがて、その沈黙は、彼女のある行動で破られた。



     ぎゅっ♡……ふにゅ………



………真皇っ!?!?

まるで抱き枕に抱きつくかのように俺にしがみついてきた彼女。

思わず間抜けな声が漏れそうになるのを俺はすんでのところで必死に堪えた。


「はぁぁ、やっとぎゅ〜って出来た♡………ウチいま最高に幸せだぁ♡」


脳がとろけそうになるほど心地よい真皇の香りが俺の全身を包み込む。

彼女の四肢がやわらかく絡みつき、そしておっぱいがこれでもかというほど脇腹に押し当てられ、じんわりと温かい刺激を与えてくる。


俺はショートパンツにTシャツという軽装だから、ところどころ彼女と肌が直接触れている感触がある。おそらく彼女はかなり薄着だ。

なにより昼間に感じた感触とは異なる、妙に生々しいおっぱいの柔らかさが薄布越しにダイレクトに伝わってくる。


おい、これ……まさかノーブラじゃないよな!?いやそうだったら……というか、そこら中がスベスベで気持ちよくてとってもマズいって……マジで声でそう……


いまだに寝たふりを決め込む俺の脳内は既にオーバーヒート気味。

これ完全に巷でいうエッチの後の甘々お休みタイムだろ……


あまりの出来事にから回る思考と格闘している俺の耳元へ彼女の顔がそっと近づいてくる。そして、彼女の口から意外な言葉がこぼれた。


「治人……また色々迷惑掛けてごめんね……がんばって治人抜きで生きようと思ったけど……ウチにはやっぱ治人が必要だよ……不甲斐なくてごめんね……」


真皇?お前…………

その言葉は、口調こそ異なっていたが間違いなくルーナ様の面影があった。

そして彼女はさらに言葉を紡いでいく。


「ウチ、一生懸命頑張るから。前世で沢山支えてもらった分、今世ではウチが治人を支えるから……身分も争いもないこの世界で、ウチが一生掛けて治人に尽くすから。人間の一生は短いのが残念だけど……」


彼女の思いを盗み聞きしてしまったような罪悪感と胸の奥からじんわりと湧き上がる温かい感情が入り交じる。


やっぱり、真皇はルーナ様なんだな……どこまでも優しく慈愛に満ちていて、そして気高い。元執事の俺なんかにそんな気遣いは要らないのに……


そして気づいた。彼女の言う『嫁になる』という言葉の本当の意味に——


それは文字どおりではなく、あくまで比喩なのだろう。

俺のそばで恩返しをしたいという気持ちの表れだった。


好意ではなく労いや責任感からくる言葉。

そう考えればこれまでの彼女の行動にもすべて筋が通る。

あの過激なアプローチも、好意からではなく奉仕としての誠意だったんだろう。

人間にとって、肉体的な奉仕はある意味で最もわかりやすい感謝の形なのだから。


……勘違いしなくて本当に良かった。

長年の叶わぬ恋が輪廻を超えて実った……そんな甘い夢に危うく舞い上がるところだった。


真皇が……いやルーナ様が俺を人として、伴侶として好いてくれるなんてあり得ない。過去に圧倒的な主従関係だった俺たちはどうしたって並べる関係じゃない。


多くのことが腑に落ちて心がすっと軽くなった矢先──

俺の耳元で静かに寝息が聞こえてきた。


真皇、寝ちゃったのか……

耳にかかるやわらかな吐息に少しだけ身をすくめつつも俺の心は安らかだった。


一緒に眠るくらい、たぶん大丈夫だ……俺を安心させようとしてくれる真皇の気持ち……ちゃんと受け取ってあげよう……


耳元に響く心地よいスヤスヤという寝息。

その音に自然と頬が緩みながら、俺もゆっくりと意識をまどろみの中へと沈めていった——




次回:妾との約束 真皇SIDE——

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奥付

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〜スレンダーなのに色々でっかい地味で気弱な中田さんをゲス彼から助けた俺は、全力で彼女を可愛くしてあげたい。〜

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