姉を追い出して当主になった悪女ですが、何か?
堀多 ボルダ
プロローグ
メアリ・マクレディは、書類の内容を確認すると最後にサインを入れた。
その書類を隣に立つ補佐のランダルに渡す。
「これでこの件は完了かしら」
ランダルは書類に素早く目を通すと
「そうですね。お疲れ様でした。少し休憩されては?」
その言葉を待っていたかのように、侍女がお茶を持ってきた。
ここはマクレディ領、マクレディ伯爵家の屋敷。その当主が代々使う執務室で、重厚な作りの机に向かっているのはマクレディ伯爵家女当主、メアリ・マクレディである。父で前当主トレッド・マクレディとその妻が事故で急逝し、若干23歳でマクレディ伯爵家の女当主となった才女だ。
紅茶を一口飲んだところで、執務室のドアがノックされた。
ドアから顔を出したのは妹のダリア・マクレディ。ダリアは当主補佐としてメアリの仕事を助けている。一年前に両親が亡くなってからは、二人で協力をしてマクレディ領を切り盛りしてきた。
「ダリア、お疲れ様。港の様子はどうだった? あなたも一緒にお茶をどう?」
「いえ、結構です」
ダリアは入り口で立ち止まったまま動こうとしない。
「ダリア? どうした……」
「お姉様」
ダリアはメアリを睨みつけて、ゆっくりと言った。
「お姉様、このマクレディ伯爵家は私が継ぐことにいたしました。お姉様は邪魔なので今すぐこの家から出ていってくださいませ」
メアリが眉をひそめる。
「……ダリア、あなた、何を言っているの?」
その問いにダリアは答えず言葉を続ける。
「聞こえませんでした? このマクレディ伯爵家は私が継ぐと言ったのです。今後は私が当主となり、マクレディ伯爵家とマクレディ領を取り仕切ります」
「何を馬鹿なことを! 亡くなったお父様の言葉を忘れたの? この家は私が継いで当主とならなければいけないのです!」
「ならなければいけない、とはなんですの? くだらない。優秀な方が当主になるべきですわ」
「私が女当主となりマクレディ領をさらに繁栄させていくのがお父様の望みだったのはあなたも知っているでしょう。私にはそれを叶えなければならない義務があります」
「お父様お父様お父様、義務義務義務、もううんざりです。お父様もお母様も亡くなったのです。もう意見に従う必要などありません」
ダリアは一旦言葉を切ってメアリをまっすぐに見据えた。
「これからは私がマクレディ伯爵家の当主になります。この家のことはすべて私が決めます」
ただならぬ事態であることを感じて、メアリは右横に立つ補佐のランダルを見る。
ランダルはメアリを見ることなく歩き出し、ダリアの横に立つと、無表情でメアリを見下ろした。
左横に立っていたはずの侍女も、気がつけばダリアのそばに移動していた。
それを見てダリアは意地の悪そうな笑みを浮かべ
「この家の使用人は全員私に付きましたよ。みんなお姉様はマクレディ伯爵家の当主にふさわしくないと言っています。ああ、お姉様専属の侍女はもういらないので首にしました」
「なんてこと……」
メアリの顔が青ざめていく。
「さあ、お姉様、いつまでその椅子に座っているつもりですか。その椅子はもう私の物です。そしてこの執務室も私の物。お姉様は今すぐ出ていってください」
ランダルが執務室のドアを開けると、廊下から男性使用人が二人入ってきた。
「お姉様をつまみ出してちょうだい」
使用人はメアリの両脇まで歩いていくと、椅子から立ち上がらせ、ドアの外に連れ出そうとする。
自身に起こっていることが理解できていないメアリは抵抗すらせず連行されていく。
ダリアの横をメアリが引きずられるように通り過ぎようとしたとき、ダリアは思い出したように声をあげた。
「ああ、言い忘れてました。私は有能なのでお姉様の行き先もご用意して差し上げましたわ。
ノーバック家です。うちの隣の領地を治める貧乏子爵家ですわ。あそこの次期当主が貧乏すぎて嫁の来てがないそうなのでお姉様を差し上げることにしました」
「え……」
メアリが目を見開いて振り返るが、両脇を抱えられているためダリアの横顔がわずかに見えるのみだ。
「ノーバック家にはすでに話を通してますわ。お姉様の荷物は今、馬車に詰め込んでいます。準備ができ次第すぐに出ていってくださいね」
「ダリア、あなた……」
「反論は聞かないわ。あなたに拒否権はないのよ」
メアリはじっとダリアの横顔を見つめる。ダリアはメアリをちらりとも見ようとはしない。
「出ていく挨拶は不要よ。わたしはマクレディ伯爵家当主として忙しいの」
メアリが引きずられるまま執務室から出ると、ダリアは「メアリお姉様」と振り返った。
メアリを抑えていた使用人が移動してメアリの方向を変え、ダリアと正面から向かい合うようにした。
ダリアはゆっくりとカーテシーをした。
「お姉様、ごきげんよう」
ランダルが執務室のドアをゆっくりと閉めた。
ドアの向こうから足音が完全に消えるのを待って、ダリアは大きく息を吐いた。
つい先程までメアリが座っていたマクレディ家当主が使う大机に目をやったあと、その手前にあるソファに乱暴に座った。
「ようやく終わった。……違うわね、これが始まりか」
ドアをノックする音がして、ランダルが入ってきた。
「お疲れ様でした。ご立派でしたよ」
「ありがとう。お姉様の様子はどう?」
「放心状態でした。多分まだ状況が理解できていないのでしょう。それも仕方ありませんが」
「そうね。ほんの数分前までは自分がマクレディ伯爵家の当主として一生を終えると思っていたでしょうから」
ダリアはランダルに目をやり
「あなたにも迷惑をかけたわね」と声をかける。
「とんでもない」
ランダルは少し寂しそうに目を伏せる。この有能な補佐がこういった感情を表に出すのはめずらしい。
「お姉様にお茶をお出しして。この家での最後のお茶をどうぞってね」
「かしこまりました。メアリ様の好きなローズティでよろしいですか」
「結構よ。……そして私にもローズティをちょうだい」
「
「ええ、ここに。お姉様とお茶を飲むことは、もうないわ」
ダリアの顔に笑顔はなかった。
少しすると侍女がローズティを運んできた。
「メアリ様にもお出ししましたよ」
「そう」
「メアリ様は泣いておられました」
「……そう」
返事をするダリアの声が震えた。目が潤みティーカップがぼやけて見える。
「お姉様が家を出るまで一人にしてもらえるかしら」
誰も座っていない当主の椅子に目をやり
「お姉様がいなくなったら、あの椅子に座るわ」
姉を追い出して当主となった悪女な妹の誕生である。
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