憧れのあの子は異世界を行き来していました。

@saionjiyamato

第1話 憧れのあの子


 桜の舞う季節が過ぎ、木々が青々とした若葉を心地よい風に揺らしている。その木漏れ日の中、一人校庭の片隅で物想いに耽る男が居た。


 『はぁ…西野川樹里さん。貴女は何故そんなにも美しいんだ。はぁ…。』


 男は外した丸い眼鏡を袖で拭きながら深くため息を吐き俯いている。

 男の名は高村陽太郎。高校二年生。

 苦手な体育の時間に仮病を使って見学をし、校庭の片隅で独り過ごしている様な陰気質な男である。

 『おい、陽太郎。お前今日もズル休みなのか?たまにはしみじみ体育の授業を受けてみたらどうなんだ。』

 陽太郎に対しそう言って来たのは、クラスで委員長を務める幼馴染、高橋智也である。

 『僕は今それどころでは無いんだよ。放っておいてくれ。』

 地面に書いた何かを消しながらそう言う陽太郎に対し、智也は苦笑いしながらため息を吐いていた。


 体育の授業が終わり廊下を歩いていると、憧れのあの子の姿を見つける事が出来た。

 綺麗でさらさらの髪を靡かせながら、仲の良い友達に囲まれ、キラキラとした天使の様な笑顔を振り撒いている。

 そんな学園のアイドル的存在、二年四組の西野川樹里の姿を、陽太郎は廊下の陰から遠巻きに見つめていた。


 ああ、何て美しいんだ…西野川樹里さん。先週より少しだけ髪の毛が短くなっているね。休日に美容室にでも行って来たのだろうか。素敵だ…そのヘアスタイルもとても良く似合っているよ。


 陽太郎は廊下の陰から覗きながらそう呟き見惚れている、周りの女子生徒達から怪訝な目で見られている事などお構いなしである。

 そんな陽太郎だが今まで一度もその憧れの西野川樹里とは会話すらした事が無く、恐らく本人には存在を認知すらされていないと言うのが現状であった。

 典型的な叶わぬ片思いの構図である。

 今も何事も無く憧れの人は廊下を通り過ぎて行った。後に残るのは僅かに香るとても素敵な残り香のみ。

 陽太郎はその残り香を鼻から吸い込みながら、廊下を意気揚々とスキップして歩いて行ったのであった。


 『高橋!お前生徒会の推薦受けたんだって!?羨ましいなぁ。西野川と一緒じゃねぇかよぉ』

 陽太郎が教室の窓辺で外を眺めていると、そんな戯言が聞こえて来たのである。

 『まだ何も決まってはいないけどな。あくまで推薦を受けただけだから。西野川さんだって推薦を受けるかどうかも決まってはいないだろ?』

 『それでもよぉ!一緒に生徒会なんて羨まし過ぎるぜぇ!なあ!?』

 男子生徒がそう言うと他の生徒達も賛同していた。陽太郎はただ嫉妬心に燃え、智也の事を睨み付けていたのであった。


 『陽太郎、帰るぞ!』

 『いい。僕は今日ひとりで帰るから。』

 智也から一緒に帰るのを誘われた陽太郎であったがまだまだ嫉妬心は収まっておらず、そう言うと智也を置いてひとりで歩き出した。

 『あ!高橋君!』

 すると、背後から麗しのあの子の声が聞こえた気がした。陽太郎は慌てて振り返る。

 『ああ、西野川さん。どうしたの?』

 『高橋君は生徒会の推薦受けたんだって?』

 『うん、一応受けさせて貰ったけど。』


 あろう事か陽太郎の目の前で、智也と西野川樹里が仲良さげに会話をしているのだ。

 陽太郎はその様子をプルプルと震えながら見つめる事しか出来ない。

 『あ!ごめん。お友達と帰る所だったよね?』

 『え?ああ…それが。』

 『智也!帰るぞ!』

 『え!?ああ、ごめんね?西野川さん。じゃあその件はまた。』

 『うん!それじゃ。』

 陽太郎は顔を真っ赤にしたままがプルプルと震えていると、西野川樹里がニコリと会釈して去って行ったのである。

 『おい…陽太郎。顔が真っ赤だけど…大丈夫か?』

 『大丈夫な訳あるか!!帰るぞ!!』

 陽太郎はそう叫ぶと早足で歩き出したのであった。


 ◆◇◆◇


 『くそ…何故智也と西野川樹里さんが。』


 風呂場でそうゴチた陽太郎は嫌な思考を断ち切る為、ざぶっと頭から熱いお湯を被った。しかし思い浮かんで来るのは智也と西野川樹里が仲良さげに会話をしている場面であり、陽太郎の心は嫌な嫉妬心と絶望感に苛まれていたのだ。

 確かにスポーツに勉強にと何でも出来るイケメンの智也と、学園のアイドル西野川樹里は側から見ればお似合いのカップルである。

 でもそんな事は陽太郎的には決して認められる事ではないのだ。あってはならないのである。

 しかし自分にはこうしてただ嫉妬心を燃やす事でしか対抗する術が無く、陽太郎は自分の不甲斐無さに更に苛立ちを覚えていた。

 自分の心の中で暗く惨めで浅ましい感情が渦巻いていくのだけを感じていると嫌になり湯船へと沈んでいったのだ。


 風呂上がり、自室にて寝転び天井を眺めているとまたあの時の光景が蘇って来る。


 『くそッ!僕はどうしたら良いんだ!でも…まともに話した事すら無いもんな…。』


 陽太郎の目には涙が浮かんでいた。

 自分には出来る事が無いと言う無力感に苛まれただ涙を流す事しか出来なかった。悔しくて悔しくてたまらない。


 ゴトッ…。

 陽太郎がそうしていた時部屋の押し入れから物音がする。

 『なんだ?』

 陽太郎は起き上がりそっと押入れを開けてみた。すると、雑多に物が詰め込まれている奥に淡い光が見えている、

 『え?こんな所に光る物なんか入れてない筈だけど。』

 押し入れの中の物を取り出しながらその淡い光の正体を探りに行くと、押し入れの奥の見た事ない隙間からその光が漏れている事に気がついたのだ。

 『何だこれは…こんな所に引き戸なんて無かった筈なんだけど。』

 陽太郎はそう言いながらその淡い光を漏らす引き戸をそっと開けてみたのである。


 すると、その先には空間の歪みの様な渦がぐるぐると巻いて緑色の淡い光を放っていたのだ。

 『…何これ?え?』

 陽太郎は目の前で何が起こっているのか分からずに何の気なしにその空間の渦に指を入れてみたのである。すると指は何の抵抗もなくその先へと進んでいったのだ。

 『先がない…ここは壁の筈なのに。』

 そのまま手を差し込んでいくと抵抗無く渦へと飲み込まれていく。

 『これってまさか!?異世界への入り口とか言わないよね!?』

 陽太郎の頭に浮かんだのは大好きなライトノベルのタイトルに良くある異世界と言う言葉であった。

 目の前にあるのはまさにその異世界への扉なのではないか。陽太郎の頭にはもうそれだけしか思い付かなかったのである。

 『そんなまさか…僕の部屋の押し入れが異世界への入り口になるなんて。』

 陽太郎はそう呟くとゴクリと息を飲みながらその渦の中へと頭から入ってみたのであった。



 

 


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