第7話 「大丈夫です。この子は人間じゃないので」

 やがて茂みの中から現れたのは少女と同じ位か、少し年下の少年だった。14、5才?

「置いていくなよ。こんな辺鄙な場所で。怖いだろ」

 文句を言う少年に少女が言い返す。

「尚也も獣が吼える声を聞いたでしょう。そして誰かが叫ぶ声も。放ってはおけない」

「そりゃそうだけどさ。兄ちゃん助けてって叫んでたの、この人?」


 少年が俺を見た。どういうわけか少年も少女も、一切モンスター狩りの装備をつけていない。しかも薄着だ。少年はTシャツにダボッとしたハーフパンツ。女の子はチェックの長袖シャツに細い脚を際立たせるようなぴったりとしたデニム。武器らしきものは持たず、ほぼ手ぶら。いくらなんでも無防備すぎないか。


 だが助けてもらって言うことでもないか。この女の子はめちゃくちゃ強いみたいだし、何とかなるかも。大きな熊もどきを素手で倒すんだから。

「おかげで死なずにすんだ。ほんとにほんとに助かった」

 俺はもう一度礼を言う。

「ところで、ここって一体どこなんでしょう?」

 少年が俺に尋ねる。やっぱり来て間もないのか。だが何処なのかは俺が知りたい。

「魔法ランドだって」

 答えたものの、それが何なのか今だに分からない。

「何ですか? それ」

「君らはチケットなしでここに来たのか?」

「チケットがいるんですか? 知り合いの船に乗せてもらってたら、操縦士のおっさんがミスったみたいで、気付いたらここに飛ばされていました」

 何だかよく分からなかったが、クルーズ中だったとか?

「そりゃ災難だったな。じゃあ通行証もポイントも持っていないのか」

 少年が首を傾げる。

「それがここでは必要なんでしょうか?」

「必要だと思う。けれどそっちの女の子すごく強いし、なんとか生き残っていけるかもな。頑張れよ」


 俺は無責任に言ったが、来たばかりでポイントなしはさすがにきついんではなかろうか。こんな場所に子供を放置して去るのも気が引ける。俺は少し迷い、そして決めた。

「ここに慣れるまで俺たちと一緒にくるか?」

 恐らくは玉さんも同行を許してくれるだろう。役立たずの俺をいくら目的の為とはいえ、苛立った様子もなく世話してくれているんだから。

「俺たちってあなたにも連れがいるのですか?」

 少女が尋ねる。

「いるよ。武士のお兄さん。玉さんっていうんだ」


「玉さん玉さん、起きて」

 テントの外から声をかける。低い応えが聞こえたので俺は幕の端をめくった。するとそこにはさっきまで寝ていたようには全く見えない玉さんが寝袋の脇でキリリと端座していた。

「起こしてごめん。実は……」

 俺はさっきの出来事を説明する。すると玉さんは尋ねた。

「俊平を救ってくれたという子供たちは外に?」

「うん。いる」

 俺がそう言うと、玉さんは白い寝間着姿で身をかがめ、テントから出てきた。

 俺の後ろにいる二人の子供を見て玉さんは頭を下げた。

「わしからも礼をいう。よくぞ俊平を救って下さった」

「助けたのはこの子です。名前は銀。俺は三田村尚也といいます」

 尚也が隣の少女を指しながら名前を告げる。玉さんが少し驚いたように少女を見るが、何も言わなかった。

「うん。それでね」

 俺は今後しばらく彼らと行動を共にしたいと玉さんに頼んだ。少なくとも俺よりは有能だろう。少年の方は知らないが、少女の強さは本物だ。

「それはかまわぬが。ただ通行証を持っていない場合、今後この子たちはどうなるのか。ゲートに戻れば何か分かるかもしれぬな」

「すぐに消されちゃう事もなさそうだから、このまま進まない?」

 無責任かもしれないが、俺はこの子達の事をもう少し知りたくなっていた。

「別にそれでもいいですよ」

 と少年が言った。


 その夜二つしかないテントの一つで俺と玉さんが眠り、子供たちは一緒のテントで寝る事になった。

「君らは姉弟? それとも恋人どうし?」

 だが少年はどちらでもないと首を振った。だがこんなに狭い場所で他人の男女が一緒に寝るのはどうなんだろうか。俺が迷っていると、少年が言った。

「大丈夫です。この子は人間じゃないので」


「?」

「ロボットなんです。銀。みせてあげたら?」

 少年は俺たちが昨夜肉を焼いたフライパンを指さした。すると少女は頷き、フライパンを片手で持ち上げると、もう一方の手でその端を掴み、ぐにりと曲げた。百均で売ってるような薄いフライパンではないし、絶対に簡単に折れ曲がるようなものではない。だが、それを言うならさっきの獣を倒したときの少女の強さもあり得ない。


「本当に本当にロボットなのか?」

 信じられない。俺の知る限り、自分の意志で状況を判断し行動できる、しかもここまで人間そっくりのロボットなんて聞いたことがない。もしかするとこの子たちはとんでもなく未来の社会から来たのでは? だがそう尋ねると、少年は笑って言った。

「俺達がいた時代は俊平さんのいた時代と同じです。だって俺達、俊平さんをテレビで見てますもん」

「えっ、そうなの?」

 ほぼ無名といって差しつかえない俺をなぜこの子は知っているのか。年間通しても地上波には数回登場するだけの俺を覚えてくれているだけでも俺にとっては大ニュースだ。すると少年は言った。

「実は覚えていたのは俺じゃなくて銀です。記憶容量は無限大なので見聞きした事は全て記憶しています」


 なるほどね。俺に限った事じゃないのか。がっかりする俺の横で、少女はさきほど曲げたフライパンを元に戻そうと苦心していた。 

だがロボットだからといって、手先が器用だとは限らないらしい。フライパンはむしろどんどん奇妙な姿にねじくれてしまっていた。

 この分厚い鉄板を粘土かこんにゃくみたいに曲げている姿を見ると、この少女がロボットだというのは事実なのかも。


 もう俺はそんな事ではいちいち驚かない体質になっていた。ここに来てからというもの、目にするもの全てがデタラメ過ぎて、最初は自分の頭がヘンになったのかと焦ったが、今では自分が正常なのかどうかも気にならなくなっていた。

 この先何が起ころうが、最初の目標、元の世界に戻る事。それ以外に望むことはなかった。それにしてもあのピンチの場面で、玉さんではなく今は亡き兄を呼んでしまったのは、自分でも驚きだ。そんな事を考えながら俺は眠りについた。

(いや、まだ生きてるから)

 どこからか、兄がつっこむ声が聞こえたような気がした。

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