サブリミナル・コード 特命対テロ部隊 第零分隊シリーズ
長谷部慶三
第1話 アウェイクン
六月の東京。
都内の複数箇所で、突発的な小規模騒動が相次いだ。
男子高校生が教室内で突如、机を破壊し、教師を罵倒した。
大学生が駅前広場で無言のパフォーマンスを繰り返し、通行人の目の前で自傷行為を図った。
地方都市では、地元の若者たちがコンビニに突入し、店内の商品を燃やした。
いずれも大きな被害はなかった。が、共通点が一つだけあった。
――彼らは、事件前に“ある動画配信者”の最新動画を観ていた。
その名はカレイド。
映像センスと謎めいた語り口で若者たちに人気の投稿者だ。
そして、今回の暴発を引き起こした“トリガー”を持つ存在として、密かにマークされることになる。
*
霞が関・内閣情報調査室 地下施設。
ここに、国家の裏側で動く非公開組織――第零分隊がある。
「…またか」
スクリーンに映し出された事件報告のスライドを見て、沢渡圭吾が低く言う。
全国で散発的に起きた小規模暴動の地図が赤く点滅している。
「十件以上だな」矢吹蒼一が腕を組んで言った。
「それも北から南までバラバラに。地方自治体ごとに対応が分かれてる」
「偶発的じゃない」篠原結衣が断言した。「これ、仕掛けてるやつがいる」
「共通点は一つ。動画投稿者“カレイド”の最新配信を見てる」
沢渡が動画を再生する。冒頭は抽象的なCG。ゆっくりと回転する幾何学模様。その合間に挿入された数フレームの“何か”。
「これ、何?」篠原が訊く。
「サブリミナルと思われる。映像の下層レイヤーに、通常の視覚では知覚できない刺激が入ってる」
「無意識に届く設計か。だが、なぜ急にこんな精度の技術が…?」
矢吹が小さく呻く。
沈黙の中、沢渡が呟いた。
「……これ、“匿名都市事件”に似てる」
「音による無意識誘導のテスト。あのときは詳細を公表しなかったが、裏では関係省庁が大騒ぎだった」
「でも、あのときの技術とこれは…違うよね」篠原が言う。
「今度は映像。“視覚”を通じた操作。媒体が変わった」
「逆に言えば、あの事件の延長線上にあると考えるべきだ」沢渡は言い切った。
「誰がやってるかはわからない。でも……」
彼は、スクリーンの停止画像をじっと見た。
「もし、あのときと同じ“連中”なら――」
部屋の空気が重くなる。
名前は出さない。だが、分かる者には分かる。
この国の深部を一度震わせた“何か”が、再び動き始めているのではないかと。
*
その夜。カレイドの新作動画がアップされた。
「We See You」
再生数:42万回(公開3時間)
音楽も言葉もない映像。
ただ、幾何学模様が静かに回転するだけの映像。
だが、再生中に一瞬だけ挿入される――目には映らぬ「何か」。
視聴者の一部は、その夜、奇妙な夢を見た。
夢の内容を覚えている者はいない。
だが、翌日、また一人の若者が叫びながら交差点を走った。
「俺たちは目覚めた!」
(続く)
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