第十四話

 翌日。私は先生の家を再び訪れ、松さんに聞いた話を先生と共有した。松さんの言っていたことを一言一句正確に先生に伝える。


 先生は話を聞くと、口元に手を当ててしばらく黙り込んだ。


「先生。どう思う」


 松さんは嘘をついていないか。父の死に関わっていないか。そのことを恐る恐る尋ねる。


 やがて先生はゆっくりと口を開いた。


「松さんの話に、矛盾点はないように思います」


 その言葉を聞いて私はホッとする。しかし先生の表情がまだ厳しいままだと言うことにすぐさま気づいた。


「しかし、いくつか疑問点が」


 先生は指を一本立てる。


「まず一つ。英信さんが松さんの元を尋ねたのは夜遅くに1人でと言う話でしたね」

「うん。多分僕を家に届けた後のことじゃないかな」


 父が祖父と言い争い、最後の別れとなったあの夜だ。


「ここで気になるのは、植村はその時までどこにいたのか。と言う点です」

「あ、そっか。それまで休憩所は使えなかったんだもんね」

「その通り」


 父すら合鍵の存在を知らなかったのだ。鍵のかかった休憩所に植村が侵入できるはずもない。植村が休憩所に入れたのは、少なくとも父が合鍵を使って休憩所の鍵を開けた後だ。


「もっと早い時間に村に来ていて、どこか喫茶店などで時間を潰していたのなら、警察がその足取りをとっくにつかんでいるでしょう。村の誰かの個人宅にいたのだとしても、警察が植村の交友関係を洗えばすぐに特定できます」


 植村はその日の午前中のコンビニでの目撃証言を最後に、どうやってこの村に来たのか足取りがわかっていない。


 まさか雪の降る極寒の屋外にずっといたわけではあるまい。そんなこと雪に慣れた村の人間でも不可能だ


「と言うことは、植村が村に来たのは、僕とお父さんが帰ってきた前後くらいの時間ってことになるのかな」

「おそらくは。そしてそうなるとまたしても、植村はどうやってこの村に来たのか。という疑問にぶつかります」


 先生の表情は難問を前にして険しい。


「電車でもない。タクシーでもない。そうなると『誰か』の車に同行する形で来たとしか思えません」

「うん、刑事さんも同じこと言ってた」


 そして、その『誰か』が父ではないかと疑っていた。


「あの日の夜はひどく吹雪いていました。その『誰か』は、車を運転するのも困難な状況下で植村を乗せてこの村に来たことににあります」

「『誰か』はその後どうしたんだろう」

「『誰か』がこの村の住人なら自宅へ帰ったのでしょうが、この村の住人でないのなら、再び車を運転して村から出ていくしかないでしょう。この村に泊まれるような場所はありませんし、車中泊は危険ですからね」


 先ほど先生が言った通り、『誰か』が村の住人なら、警察が植村の交友関係を洗えばすぐに特定できそうだ。


 しかし村の住人でないのなら、危険を犯して村から出て行かねばならない。それも植村をこの村に置いて。


 先生が短く唸る。


「行動の説明が上手くできませんね。植村はなぜこの村に来たのか、どうやって来たのか。この事件のポイントはそこにある筈なんですが」


 先生はウンウン唸りながら考えているが、その答えは出ないようだった。


「先生。さっき言ってた他の疑問点って」


 話が進まなくなったので、私は先生に続きを促す。


「仕方ありません。この疑問は後回しにしましょう」


 先生は私に向き直る。


「もう一つの疑問。それは合鍵の存在です」

「えっと、松さんの話におかしなところがあったの」


 認知症の老人が入り込む問題が起きたため休憩場の鍵を閉めるようになった。一人で鍵の管理をするのは大変だから、合鍵を一つ作って物置に保管していた。


 松さんの話におかしな点はないように思える。


「先ほど言った通り、松さんの証言そのものに矛盾はないように思えます。おかしいのは勝彦くんの証言です」

「え、僕」


 先生に対して嘘は一つも言っていない。突然の指摘に驚愕する。


「勝彦くんは合鍵の存在を確認しに物置を見に行ったんですよね」

「うん。ちゃんと合鍵あったよ」

「それがおかしいんですよ」


 疑問符を浮かべる私に先生は続ける。


「松さんの証言が正しいのなら、合鍵は一つしかないんですよね。たった一つしかない合鍵の最後の使用者はおそらく英信さんです。その合鍵がなぜ物置の中にあったのでしょうか」

「あっ」


 先生が何をおかしいと言っているのか理解できた。


「合鍵が物置にあったということは、英信さんはあの日物置から取り出した合鍵を使って休憩所を開けた後、合鍵をわざわざ物置にもう一度戻したということになります。なぜ手元に置いておかなかったのでしょう。どうせ翌日、休憩所から出て行く時に閉めるために合鍵を使わなければならないのに」


 合鍵は燃えてしまった休憩所の中ではなく、物置にあった。


 合鍵には燃えたような形跡も、煤がついた汚れもない。休憩所の焼け跡から拾ったものを誰かが物置に戻したわけではない。


 つまり、父はあの日鍵を開けた後、鍵を物置に戻したということになる。


 先生の言うとおり二度手間になるし、そんな二度手間を極寒の夜の中行うのは不自然だ。


「どういうことだろう」


 父の行動に説明がつかない。


「犯人が合鍵を物置に戻したとか」

「ありえなくはないですが、なぜそんなことをする必要があるのかわかりませんね」

「だよねえ」


 人を2人殺しているのだ。犯人からすれば一刻も早く現場から立ち去りたいはずだ。わざわざ物置に戻すメリットなんて存在しないように思えた。


「考えられる限りもっとも有力な仮説は、英信さんはあの日、合鍵を使わなかったという仮説です」


 まさか。と思わされる先生の推理。しかしどれだけ頭を捻っても、先生の推理以上に納得できる考えは思いつかなかった。


「でもそれじゃあお父さんはどうやって休憩所の中に入ったの」

「例えば、ピッキングを行ったとか、前にも言ったように窓ガラスを割って侵入したとか」

「わざわざそんなことするかな。松さんに合鍵のこと聞いたのに」

「ええ。となると、松さんの証言そのものが怪しくなります」


 サーっと、全身の血が引いていくのを感じた。


 松さんが嘘をついた。


 なぜそんな嘘を。


 納得のいく答えは、松さんが父の死に関わっている。というものでしかなかった。

 

 しかし、父のことを思って涙を流した松さんのあの姿が嘘だとは思えない。

 

 思考がぐるぐると回る。松さんを信じたいという気持ちと、どうやっても疑わしいという考えがせめぎあう。


 考えすぎて気分が悪くなってきた。


 そんな私を見かねた先生が助け舟を出してくれた。


「勝彦くん。これは何の証拠もない私の想像です。私が思い至ってないだけで別の可能性があることも十分考えられます」

「そうだね。うん、きっとそうだ」


 自分自身を納得させるために何度もつぶやく。現状、これ以上の情報はない。わかっていないことが多すぎる。

 

 ここから先の答えを得るためには、新たな情報を得る必要がある。

 

 私はそのためにも、かねてから考えていた計画を先生に打ち明ける。


「先生。お願いがあるんだけど」

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