第二章 その8

 テーマパークを一通り回ったら二人して退園する。どちらももう一周しようとは提案しなかった。そのままホテルへと帰る。

 部屋へと入ったらさっさとベッドで寝てしまいたい気分だった。寝て、何もかも忘れたかった。それなのに。

「あのさ……」

 案内された部屋の中に入った青木が不満げにこう言ってきたのである。いや、分かっている。私だって驚いているんだから。

なんとその部屋にはベッドが一つしか無かったのである。

「なんか、ツインとダブルと間違えて予約したみたい」

 ホテル側の失敗ではないだろう。きっと私が急いで予約したからだ。その自覚があった。

「いや、まぁ、そこもだけどさ。別々の部屋じゃないのか?」

 そこ?その考えは始めから無かった。

「別々の部屋にすると高くなるじゃない」

「そうだけどさ」

「私は気にしないけど。青木は気にするの?私の事を異性として見ているってこと?」

 彼は一瞬押し黙る。

「いや、鳥井が良いなら俺も気にしない」

 青木はずかずかと奥へと入っていく。何だ、本当に気にしないんだ。それはそれで何だか残念な気持ちになるけど。

「俺はソファで寝るよ。鳥井はベッド使っていいよ」

 青木は運ばれていた荷物をソファ周りにおいて、寝る支度をし始めた。何だ、やっぱり気にしてるんじゃないの。少しだけ嬉しくなる。

「いいよ、一緒のベットで。お互い端っこで触れないようにしようよ」

久しぶりのベッド。でもそれは私だけではなくて青木も同じはずだ。いや、私より前から旅をしているからもっと長い時間きちんとした場所で寝てないはずだ。

 折角高いお金を払ってホテルに泊まったのだ。貴重なベッドで睡眠をとって欲しかった。

 青木にやましい想いがあるのなら、とっくに何かしていると思う。例えば私の事を襲ったりとか、物とか服とか取ったりとか。

 そういう事は今までない。だから信じられた。

 ベッドにダイブする。スプリングがよく効いていて私の身体を心地よくバウンドさせると、柔らかく沈み込ませた。

 いい気持ち。本当に久しぶり。ベッドの存在がこんなにもありがたいものだなんて旅に出なければ分からなかった。

 このままだと眠りに落ちてしまいそうになったので、その前にシャワーを浴びて備え付けられているパジャマに着替える。その間も青木が覗くような気配は無い。これはもう大丈夫だね。もしかしたら同性愛者なんじゃないかな。とかふざけて勝手に思ったりした。

 そのままベッドの中へと再度潜り込むと青木を待たず数分も立たないうちに私の意識は夢の中へと飛んでしまった。


 暗闇の中で声が聞こえてくる。苦しくもがいているような声。

 その声で私は覚醒して、上半身を起こした。

 寝ぼけながら真っ暗な辺りを見回してホテルに泊まっている事を認識する。決めていたわけではないのだけれども、ベッドの左側には私が寝ていて、左側には私に干渉しないように寝ている青木が居た。

 声の正体は青木だった。表情を確認すると、顔を歪めて苦しそうに唸っている。かわいそうに。うなされているのかな。

 悪夢から助ける為、青木を起こそうと手を伸ばした。

「違う……。俺じゃない……俺は殺してなんていない」

 思わず伸ばした手が止まる。一体何を言っているのだろうか。

「俺は関係ない。俺じゃない……」

 この寝言は、単なる夢?それとも現実に起きた事を思い出しているの?

 青木は何でこの旅をしているの?何から逃げているの?

 何をやったというのだろうか。

 手が引っ込んでしまう。もう触れられない。

 何もかもに理解が追い付いていなかった。

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