第二章 その2

 鳥の鳴き声で目が覚める。見慣れない景色に一瞬戸惑うけれども、家出をして段ボールでの生活を始めたのだと思い出すと落ち着いた。

 辺りはうっすらと明るくなってきていたが、明らかに時刻は早すぎた。身体が冷えてしまって寒く、毛布を掛け直す。

 温かくなっていく季節だからいいけれども、冬はどうすればいいのかと考えてしまう。その時までに対策を考えないと。

 置かれている状況は最悪だったけれども、今までになく気持ちが軽かった。もうあの地獄みたいな学校に行かなくてもいいし、時間を気にせず寝られる。今後の生活の見通しも付かず、不安な事も沢山あるけれど、朝の目覚めに幸せを感じた。

 早くに起きてもやる事が無い為、二度寝を即決する。次に起きたのは青木に揺らされながらであった。

「そろそろ起きろ。今後の事について話し合いたい」

 一回、青木よりも先に起きたんだけどなと思ったけれども言わない事にした。手櫛で髪の毛を整えつつ空を見上げる。さっきとは打って変わって陽は高くまで登っていてもうすぐ昼が近い事だけは分かった。

 段ボール部屋はそのままに公園を二一緒にネットカフェに入りで電子端末が使えるだけのオープン席に二人並んで座る。

 さっそく話を切り出そうとした彼を私は静止させた。

「待って。先にシャワーを浴びたいの、それからにして」

「はぁ?」

 これ以上居ても文句が出てくるだけだと思ったので、そのまま立ち上がり受付へと直行する。シャワーを利用する旨を伝え、キーを受け取る。それを使って受付のすぐ横にあるシャワールームの中へと入っていった。

 中は清潔感があって綺麗だった。何処のメーカーか分からないけれども、一応シャンプーとボティソープは備え付けられていた。本当は嫌なのだけれど、今日はとりあえず我慢してそれを使い身体を綺麗にすると、青木の元へと帰った。

「シャワー浴びるお金なんてあるのか?」

 椅子に座ると低い声で若干ムスっとしながら青木は言った。シャワーを利用するのには別途で料金が掛かる。余計な料金が掛かった事に不満なのだろう。でも――。

「シャワーに入れないなんて、ありえないよ」

 そんなのが一日でもあるだけでもとても耐えられない。毎日入りたい。毎日綺麗にしたい。これで発生する料金は必要枠だ。食事と一緒なのである。というより、この質問してくると言うことは毎日入ってないのだろう。まぁ、男の子だしこんな生活していたら分からなくても仕方がないのだろうけれどさ。

「いい匂いするでしょ?」

 言いながら髪をさらりとしたけれど、青木は無視して電子端末の電源を入れた。なんだ、面白くない。

「今後の資金は、どうするんだ?」

「青木はどうしてるの?」

 逆に質問してみた。青木は今までどうやって生きてきたのだろうか。

「俺のは参考にならないと思うけど、日雇いバイトをして過ごしてる」

 どうして参考にならないのよ。同じ高校生じゃないの。

 そういえば、私も前に日雇いバイトした事あったかも。履歴書と親の同意書を仲介会社に送らなければならないが、一回登録を済ませてしまえばその後の手続きは要らなかったような気がした。

 記憶を頼りに登録した仲介会社のサイトを電子端末で開くとアカウントIDとパスワードを入力していく。ログインが行えてマイページを確認するとまだ登録情報は生きているみたいだった。

「前に使っていた日雇いバイトがあったから、それで稼げそう」

「そうか、良かった」

 青木は安堵していた。流石に彼一人では二人分は稼げないものね。早速出来るバイトが無いか探してみた。

 青木の話を聞くとどうやら彼は運送やら引越しのもの運びなどと肉体労働を行なっているらしい。そんなのは私には無理だから比較的肉体に負荷が掛からないものを探すと室内清掃のアルバイトが丁度空きがあって、応募するとそんなに時間の掛からないうちにフリーメールに返事が返って来た。確認すると、どうやら採用で明日から来てほしいとの事だった。

「良かったな、ラッキーだ。こう言った仕事は人気ですぐに埋まってしまうから、中々取れない」

「そうなの?でも、簡単に取れたよ?」

 そう返すと、青木が明らかに嫌そうな表情をする。

「じゃあ、もう教える事は無いから、俺はこれで帰る」

「えっ、もう帰っちゃうの?」

「滞在料金が勿体ないからな」

 まぁ、確かにそうなんだけどさ。折角来たのだからのんびりしていけばいいのに。

 仕方がなくちょっとしかネットカフェを利用していないけれど、外に出る。とは言っても何か他にやれる事なんて無かった。

 段ボール部屋に戻って身体を休めたいけれども、昼間にそこに居たら怪しまれて補導される可能性があると青木は言っていた。だから戻れない。

「どうするの?」

「普通の喫茶店でも行くか?」

 そっちの方が安上がりだという。その言葉を信じて一緒に都市を歩いて回り、少し昔ながらの喫茶店を見つけると二人で入った。

 中に入ると私達の他にお客さんが数名居て、各々新聞を読んだり電子端末を操作しながら過ごしている。確かにここならば長時間居ても問題無さそうだった。

 席に着き温かいカフェオレを二人して注文すると、青木は自分の鞄から文庫本を出して読み始めてしまった。私の会話をする気がまるで無かった。

 仕方がなく喫茶店に置いてある雑誌を持ってきて読み始める。若干私好みの雑誌では無かったけれども、他にやる事が無かったので頑張って隅から隅まで読み始める。読み終わってしまったら、今度は新聞を持ってきてこれも同じく隅々まで読み始めた。こうして注文したカフェオレが冷たくなり、外が暗くなり始めた辺りで段ボール部屋へと戻るとやる事も無いので、そのまま寝てしまった。

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