バブミでオギャって、目指せ!令和の光源氏(♀)

クラゲノホネ

第1話 プロローグ


「か。買ってしまった」



 ため息とともにそう呟いて、私は決済処理の明細メールを見つめた。スマホに表示されているのはたった今購入したばかりの新作ゲーム機。

 値段は少し、信じられないほど高い。



「……欲しかったし。絶対買うって決めてたし」



 誰に言うでもなく言い訳を口にして煩悶したあと、私はそっとそのメールを非表示にした。そのまま流れるようにSNSアプリを立ち上げる。濁流のように蠢く人々の熱狂が、衝撃を受けた気分を吹き飛ばしていく。



 今、世の中を賑わせているのは麻辣湯でもアイドルでもない。それは、最新型のVRゲーム機である。



 しかも、その新しさは半端ではない。ゲーム人口の増加を追い風に、従来の視覚情報に頼るシステムを刷新。

 新たに電気信号を通じて脳へ直接働きかける技術を開発、搭載した、まさに新進気鋭のゲーム機なのである。


 このゲーム機のすごいところは、ゲーム体験が現実の環境によって損なわれないこと。使うのは脳。つまり頭だけだから、最低限に体を安楽にさせておけば、いつでもどこでも、全力でゲームを楽しむことができる。


 また、やろうと思えば現実とリンクさせながらゲームに勤しむこともできる。離脱している間はAIに任せて、現実がまた暇なときにちょっと顔を出せばいいのだから。

 そう考えると大学四年生なのが本当に残念すぎる。だって夏休みと春休みがあと一回ずつしかないなんて、ひどい話だ。


まあ、とにかく。



「ふふ、楽しみ」



 まもなく迎えるゲーム機に心を躍らせて、私はそっとアプリを閉じた。





 まちに待った配送日。

この日のために部屋も掃除して、ゴミも捨てて、髪も切って、身を清めた。全ては楽しいゲームのために。まさに全力、気合は十分である。


 ウキウキソワソワして宅配のお兄さんから荷物を受け取り、ドキドキワクワクしながら包を開く。丁寧に梱包されたジャパニーズおもてなしの緩衝材の中に、燦然と鎮座するその機体。

 電源周りの爆速セットアップをキメて、高鳴る動機を抑えつけて。


震える手で、電源を入れた。






 最初に感じたのは、不透明な暗闇。

天守閣の真ん中のような、じっとりと重たい暗闇が、目の前にズドンと立ってるみたいなあの感覚。開いているはずの瞼が閉じてしまったようで、私は何度か瞬きをした。


 次に。

その暗闇の空間に、不意に円状のローディングアニメーションが登場した。PCとかでよく見る、あのくるくるしてるヤツである。


 何も無い空間で、ニュートンなんて知らない顔をして動き回る立体に、否応なく脳みそのボルテージが上がっていく。興奮のあまりぶっ倒れそう、なんてうっすら考えながらそれを見つめていると。


 ポゥン!


 という電子音とともに、暗闇がパッと明るくなった。

先ほどまでの真っ暗闇がウソみたいに、気持ちの良い青空晴れの日向である。抜けるような青空は地平線まで続いていて、大気圏の奥でホワイトの月が輝いている。


 足元はふわふわした純白の雲になっていて、ところどころにグリーンの木立が生えていた。大昔の楽園みたいな、まさに天国の光景だった。



「し。信じられない……、すごい」



 恐ろしいことに、踏みしめたその感触までもが足の裏から伝わってきて。脊髄から火花みたいに駆け巡る衝撃を、思わず覆った口で噛み殺した。



「……楽しい」



 浮足立ったまま彷徨って、私がゲームソフトにありついたのはそれから30分後のことだった。


 雲間を歩き回るのにもそろそろ飽きて、私は閉じていたショートカットウインドウを開いた。この雲のワールドのどこかにソフトへの入り口があるらしいけど、ちょっと動き疲れたから。


 半透明のウインドウの、たった一つ。

スターライト・トワイライト。それがこれから入るソフトの名前。



「よし、行くぞ」



 気持ちを新たに、そのアイコンをタップして、


そして。



 反応は突然だった。

指と触れたアイコンから湧き上がるように、いくつもの流れ星が上空へと飛び上がっていく。反対に、私の足元では雲が徐々に消えて、成層圏色の空気が噴き出して。


ごく、と息をのんだ瞬間。


 感じるのは、限りなくリアルでどこまでもフェイクな自由落下の引力。ポッカリと空いた穴の中に、私の体は落下した。


 耳元で唸る風の音が聞こえ始めて、瞬く間に周囲が大銀河の渦になる。星々の輝きとともに浮遊する私の目前には、くっきり縁取られたロゴが現れていた。



「さいっこう……!!」



 プロローグとしては1000点満点。

私は逸る胸に心をまかせて、ゲームの世界へと飛び込んだ。





 大気圏から飛び込みをキメた私の体は、潰れることなく平和に降り立った。ここはすでにゲームの世界のようで、明らかに人間ではない風体の人物や、動物、植物に至るまでが存在している。


 風景のデザインはヨーロピアンで、THE ファンタジーって感じの印象を受ける。風車が回って、色とりどりの風船が紙吹雪とともに吹き抜けていった。



「うわ、すごい」



 明らかに重力を無視した建築物の上を、紅玉の肌をしたドラゴンが去っていく。うなじがビリビリするような、興奮と熱気が頬に戻ってきた。


 すごい、ワクワクしちゃうな。とりあえず、チュートリアルは無い系のゲームみたい。それとも、これから始まるのかも。このゲーム、ストーリーの没入感とビジュアルの完成度の高さが売りだから、余計に期待が高まっていく。


 と、体に何かが当たった気がした。



「わ。どうも失礼しました」


「いえ、あいすみません。……あら、貴方さま」


「?」



 ワクワクしすぎて、どうやら歩行者にぶつかってしまったらしい。背中に触れた感触は、とんでもなくリアルな質感だった。


 クル、と振り向いた相手は紅葉色の番傘を差し向けてから立ち止まった。その拍子に、顔に落ちていた影がパッとはれる。



 息をのむほどに美しい、とはこのことだろうか。キツネ耳のような大きなケモミミが、傘の影で淑やかに揺れている。

 茜色の髪は一筋の乱れもなく流れ、品の良い着物と調和している。袖からこぼれる指先すら真っ白で、まさに天女もかくやの出で立ちの乙女だった。



 そんな乙女は、その指先をそっと伸ばすと、何と私の頬に触れた。信じられないほど柔らかい感触が、ヒンヤリした冷たさで肌理をなぞる。同時に接近した暴力的なほど美しい顔の、長い睫毛が伏せるのが見えた。


 その色気たるや、マジで、凄まじいものであった。同性だというのにドキドキが止まらない。

 私が女だったから良いものの、男だったらちょっと何してたか分かんないからね。


 ぼやっとしていると水蜜桃の顔が、唇が、近づいて。



「……もしや、神無し《かんなし》の御方ですの?」



 なんだ、エッチなお誘いではなかった。残念。

でも、それより魅力的な響きが聞こえたような。



 というのも。実は、私はこのゲームをプレイするにあたり、ストーリーのネタバレは避けながら各種イベントについて大まかに学んできた。だって、できるなら勝ち馬に乗りたいし。最強になって、オレTUEEEしたいじゃない?

 とにかく、そうした情報収集を通じて得た知識によると、このゲームにおいて心得なければならない重要なポイントがあるらしい。



それが、


 一つ。

 不可思議なワードをおもむろに呟く、顔面偏差値バカ高♡ハオ人物からのアクションは何かしらのフラグであると心得ること。


 二つ。

 各種イベントはAIによって管理されており、発生は完全にランダム、イベントのフラグが確定な行動も、一部を除いてまだまだ解明されていないこと。


の二つである。



 以上の事前知識と現在の状況から推察するに、今、ちょうどイベントのフラグが立ったらしいことが分かる。だとすれば、選ぶ道は一つだけ。


 どう考えてもここは乗っかるしかないだろう。



「すみません。神無し、というのが何かはよく分からないのですが……。実は、先ほどこの世界に来たばかりで、もしかしたらそうなのかも知れません。

 よければ、それが何か私に教えていただけませんか」



 人好きのする、と好評な笑顔を携えて、声はやや高めに、テンションは一般的に。まるで虫も殺せぬような人畜無害を装って口を開く。

 もしかしたら、内心の緊張は隠しきれていないかもだけど。


 彼女はそう言った私の言葉を受けて、大きな目をキョトンと瞬かせた後、にこっとかわゆく微笑んだ。

 うわッ、カワイ〜〜。あどけない顔も可愛いって何事だマジで。



「神無し、というのはこの世界で信仰する神様がいらっしゃらない御方のことですわ。

 普通は生まれから守護する神がついているのですけれど、貴方さまからは、その気配が見えないんですの」


「そうなんですね、知らなかったです。実は、お恥ずかしながらこの世界に来たばかりで。そうすると、確かに私は神無しの状態ですね」


「! 左様で御座いますか」



 プレイヤーだもんね、神様なんているはずがない。

というより知らなかったけど、信仰とかもあるんだ。イベントの進行が完全にブラックボックスなのも面白さに拍車をかけている。気分はまさにファーストペンギンだ。


 チャンスを逃すわけにはいかないし、ここは大胆に、かつ確実に行動しよう。


 ていうか、なんか、私の答えを聞いてから、彼女の顔が明らかにテンション上がった風になってきた。ふわふわのケモミミがピンと立って、ピコピコ小刻みに震えている。



「やはりわたくしの目に狂いは御座いませんでしたわっ!

 ……コホン。手前めはレーンシオンと申します。もしよろしければ、神様のおわす場所にご案内いたしましょう」


「そんな、良いんですか?ぜひお願いしたいです」


「ウフフ、もちろんで御座います! では、わたくしの手にしっかと掴まってくださいまし」



 レーンシオンと名乗った彼女は、そう言って白薔薇の手を差し出してきた。気のせいでなければいい匂いがしたし、すごくスベスベしている。


 なんだか私の手を重ねるのが申し訳ないくらいだけど、その指先に自分の指をそっと乗せる。すると、ちまい力でその指先を握られた。どこからかお花の香りがして、風が体を覆っていく。



 繋いだ指先から溢れた光で、私の視界はホワイトアウトした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る