異世界サバイバル!知恵と勇気で生き残れ(普通科部隊編)

わたなべ たくみ

第1話 そんなのありかよ!

「くそっ、追いつかれる!」




背後から迫りくる怒号と足音に、トシヒコは生い茂るジャングルの下草を掻き分けながら必死に走った。心臓が激しく鼓動し、肺が焼けるように痛む。十六歳になったばかりの普通の少年だった彼は、数時間前まで、ようやく見つけた居場所だと信じていた冒険者パーティーの一員だった。




(また、この繰り返しなのかよ……!)




苦い記憶が脳裏をよぎる。インダス帝国の絢爛な装飾が施された城の一室。突如として光に包まれ、気がつけば見知らぬ場所に立っていた。周囲には同じように戸惑う男女が九人。彼らもまた、遠い日本の地からこの異世界へと召喚されたのだという。




王族らしき人物から説明を受けた時、トシヒコは胸を高鳴らせた。異世界!魔法!歴史好きの彼にとって、それは夢のような舞台だった。しかし、希望はすぐに絶望へと変わる。一人ずつ与えられたスキルを鑑定する儀式で、彼に与えられたのは【生活魔法】という、戦闘には全く役に立たないとされるスキルだったのだ。




火を起こす、フラッシュで明るくする、水を浄化する、水を生成する、クリーンする、リラックスする、フレッシュする、ズームイン少しだけ遠くが見える、簡単な傷を癒す。確かに生活には便利かもしれない。だが、剣と魔法が飛び交うこの世界で、そんなスキルが何になる?他の九人が戦闘系の強力なスキルを得る中、トシヒコだけが役立たずの烙印を押された。




「お前のような役立たずは、この国には必要ない!」




高位の神官の声が、今も耳にこびり付いている。少額の金貨を握らされ、彼はあっという間に城から追い出された。言葉も文化も違う異世界で、頼るべき者は誰もいない。途方に暮れる中、彼は必死に生きる術を探した。歴史オタクとして培った知識が、意外な場面で役に立った。植物の知識、簡単な道具の作り方、そして何よりも、このインダス帝国の歴史や文化に関するわずかな知識が、彼を飢えから、野盗から、そして危険な魔物から何度か救ってくれた。




そして、ようやく見つけたのが、三人組の冒険者パーティーだった。屈強な戦士、クールな魔法使い、そして明るい女盗賊。彼らはトシヒコの持つ【生活魔法】を最初は馬鹿にしたものの、野営の準備の手際の良さや、傷の手当ての早さを見て、渋々ながらもパーティーに加えてくれた。




しかし、それも長くは続かなかった。魔物との戦闘で、トシヒコはただの足手まといだった。攻撃魔法は使えず、強力な回復魔法も持たない。彼にできるのは、怪我をした仲間の応急処置と、安全な場所での待機だけ。




「やっぱり、お前はいてもいなくても同じだ」




パーティーリーダーの冷たい言葉が、再び彼の胸を締め付けた。「お前をこのパーティーから追放する」。あの時と同じ言葉が、まるでデジャヴのように響いた。今回は、少額の金貨すら渡されなかった。彼らの顔には、明確な苛立ちと軽蔑の色が浮かんでいた。




そして今、彼はその元パーティーメンバーに追われている。理由は単純だった。彼らが討伐した魔物の素材の一部を、こっそり持ち出したからだ。彼らにとっては取るに足らないガラクタでも、サバイバル生活を送るトシヒコにとっては貴重な資源だった。




(くそ、あの時、もっとうまく言い訳すれば……いや、無理だ。結局、俺はいつもこうなるんだ)




鬱蒼とした木々の間を縫うように走りながら、トシヒコは自嘲気味に笑った。役立たず。無能。何度そう呼ばれたことか。




しかし、彼の心にはまだ小さな火が灯っていた。歴史オタクとしての探究心、そして何よりも、この異世界で生き延びてみせるという意地だ。




(生活魔法だって、使い方次第で役に立つはずだ!)




彼は、追っ手の足音が近づいてくるのを感じながら、咄嗟に足を止めた。背後の茂みに身を潜め、冷静に周囲を見渡す。ジャングルの湿った土の匂い、木々のざわめき、そして微かに聞こえる水の音。




彼の【生活魔法】の一つ、【水生成】は、戦闘には全く向かないと思われていた。しかし、もしこの水を利用して、何か罠を仕掛けることができたら……?




トシヒコの頭の中で、古代の兵法書で読んだ知識が蘇る。湿った地面、滑りやすい泥、そして大量の水があれば……。




追っ手の足音がすぐそこまで迫っていた。トシヒコは息を潜め、手に微かな魔力を込める。彼の「役立たず」と呼ばれたスキルが、今、彼の生き残るための唯一の武器になろうとしていた。




異世界での彼のサバイバルは、まだ始まったばかりだ。知恵と、そして誰にも理解されない生活魔法スキルを武器に、彼はこの過酷な世界で生き抜いてみせる。いつか、彼を見下した者たちを見返すために。

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