第72話 繰り返す

「リンツリンツー、お疲れな感じだね? やっぱりアヴァロンの試験はちょムズな感じー?」


 アヴァロンの受験を終えたその日の夜、マリーはあたしの部屋へとやって来た。彼女が家を訪ねてくるのは珍しいことじゃない。家が近所だから家族もマリーのことをあたしの姉か妹みたいに思っている。

 逆にあたしがマリーの家を訪ねたりとか――、なんならお互いの家はすぐそこだっていうのにお泊りすることだって頻繁にあった。



 ただ、今日のあたしはマリーの話を少し面倒に思っていた。それは――、彼女との会話が初めてじゃなくって、もう何度目かわからないほど繰り返した後だからだ。


 アザー・キャンディーは最大できっちり1日までの巻き戻し。だからあたしは受験を終えた後、覚えている問題をすぐに書き出して解答を調べ、それを丸暗記していた。


 試験を受けてもすぐに答えが出るわけじゃない。だから、答えは自力で探すしかないんだ。


 アヴァロンの試験に差し支えの無いギリギリの時間――、その24時間前まであたしは解答探しに明け暮れた。

 これはこれで十分勉強になっているような気はするけれど……、それでも膨大な試験範囲をしっかりみっちり勉強して挑んできている生徒と、試験問題についてピンポイントで暗記をしているあたしとではやっぱり苦労の量が桁違いだ。


 そんな最小限の労力であたしは、全教科満点の偉業を成し遂げようとしていた。



「リンツリンツ―ったらー? 受験が終わったばかりなのにそんなに勉強して……。やっぱり『神童』って言われる子は違うねー」


がもしアヴァロンに受かったら、村ではじめてアヴァロンに通う子になるんだから。恥ずかしくないようにしないと、ね」


 もしアヴァロンに受かったら――、か。この頃のあたしに「もし」なんてない。絶対にアヴァロンに受かるんだ。


 幾度目かのマリーとの会話。これといって中身のある話じゃない。普段のあたしならそれでも楽しいのだけど、この時に限ってはそう思えないでいた。



「そいえばそいえばさ! まだ試験が始まる前の時間かな! そっちは揺れた?」



 マリーはこの日の夜、必ずこの話をしにやって来る。どうやらこの日、かなり大きな地震があったようだ。

 彼女の話を聞く限り、それはちょうどあたしがアヴァロンの試験会場へと向かう途中で、馬車に揺られているところだ。


 場所がそれなりに離れているせいか、それとも元々揺れてる乗り物の上にいるせいか、あたしは地震に全然気付かないでいた。

 けれど、「この時」を何度繰り返してもマリーは同じ話をしに来るので、地震というものは偶発的に起こるものじゃなくって、ある種の法則というか、必然性があって起こるものなんだとやんわり理解した。



「――ごめんね、リンツ。なんか私、お邪魔みたいだね? 受験が終わったらゆっくり話せると思ったんだけど……」


 あたしが生返事ばかりするせいか、マリーは落ち込んだ声色でこう言い残して部屋を出て行ってしまった。それをあたしは見送りもしなかった。


『ごめん、マリー。でも、この時はすぐにから。ボクが全教科満点を成したと思えたら――、その時は思いっきり話さそうね!』


 あの時のあたしはこんなふうに思っていた。それを今でも鮮明に覚えている。ホントに、その場にいたらぶん殴ってやりたいくらい腹の立つ「あたし」だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る