第63話 愚策

 ディーネ・ゴッドバルトさん。あたしはこの人が苦手だ。


 公爵家令嬢のナハトラさんの周りにはいつも、貴族の身分を鼻にかける取り巻き衆がいる。そのなかでディーネさんは中心的な存在。

 きっとこの人も貴族の中で位の高いお家のご令嬢なのだろうと容易に想像ができた。


 アヴァロン魔導学院に入学して、あたしがナハトラさんと話すようになってから、時々ディーネさんも話しかけてくるようになった。


 ただ、ディーネさんの話はナハトラさんがいかに優れているかの話と、それと不釣り合いなあたしについての話ばかり。

 独特の話し方と、出会って間もない頃から今でも変わらない妙な距離感の近さですぐに苦手意識が芽生えてしまった。


 ただ、そんなことよりもずっとずっと彼女を避けたい理由があたしにはあった。


 それは――、あたしが死なせてしまった故郷の親友、「マリー」の顔に彼女は瓜二つなのだ。

 初めてその顔を見た時は、心臓が飛び出るかと思ったくらいだ。もちろん、性格とか話し方とかは全然違っていて、明らかな「別人」とはすぐに理解できた。


 それでもディーネさんを見ると否が応にも、あたしの罪の記憶が甦ってくる。目を背けたい過去を眼前に突きつけられているようで怖かった。

 だから、あたしはディーネさんを避けていた。――にもかかわらず、ウザ絡みしてくるこの人はホントに苦手だ。



 だけど、この1年間の付き合いでわかったこともある。この人は他の取り巻きたちと同じかそれ以上にナハトラさんへの執着が強い。

 そのためか、あたしとナハトラさんが一緒にいるとなにかと気にかけてくるんだ。あとから根掘り葉掘りいろいろと聞かれたりと、ホントに面倒で嫉妬深い人だと思う。


 でも――、ナハトラさんの取り巻きのほとんどが嫌いなあたしだけど……、その筆頭格のディーネさんは苦手でも嫌いじゃない。


 この人はナハトラさんと違って回りくどいけど、実は遠回しにあたしを気遣ってくれていた。ナハトラさんと仲良くしていることでご貴族様のご子息・ご令嬢から目を付けられているあたしを、だ。

 わけのわからない嫌がらせや言いがかりが多少なりともあるのだけど、ディーネさんはそれらに混ざったフリをしてひっそりフォローしてくれるんだ。


 思えばあの模範試合の時だって、自分も策謀に加担しているような言い方をしながら、悪巧みの情報を先に教えてくれていた。

 首謀者のネータさんについてもあれこれ教えてくれて――、この人のがあの時の戦略に繋がったわけだ(結果、負けたけど……)。


 そして、悪意がありそうで実はそうでもないディーネさんが今更あたしを陥れようとすることなんてきっとないんだ。


 なによりあたしは、ナハトラさんを殺めている。あたしにかけられた呪法は、「あたしを陥れるため」みたいな生易しいものじゃない。明確に殺意をもったものだと確信できる。



「無駄だよ、モリーナ。なにを言っても君から呪法の気配がするのは覆らない。ディーネさんに矛先を向けようとしてもそうはいかない!」


 あたしがきっぱりと言い切った時、風の音に紛れてモリーナから深めのため息が零れたのが聞こえた。



「――愚策です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る