第51話 問診

 シルヴァくんに家まで案内してもらっている道中、彼のお父さんの「専門」についての話を聞いた。


 この世界では医学的な治療に関して、大きく4つほどの種類にわかれる。


 1つは、外科的療法。悪い箇所を切除したり縫い付けたりして治す方法だ。2つ目は、内科的療法。お薬を処方してもらってそれで治す方法。3つ目は、精神的療法。心の負担を取り去って治療する方法だ。


 そして4つ目は――、魔法的療法。その名の通り、魔法を用いて治療を試みる。とりわけ「呪術」と呼ばれる、なんらかの魔法的な「術」を受けた際に効果的――、というより、呪いに対処できる唯一の方法といえた。


 魔法的療法は「祓い」とも呼ばれて、お医者様ではなく、教会の神父様がおこなっているところもあるとかなんとか……。


 シルヴァくんのお父さんは、どの療法にも長けている凄まじいお医者様なのだけど、専門は「魔法的治療法」らしい。


 もっとも――、このあたりは一応、あたしもあたしなりに調べていた。彼のお父さんがこの手の療法の専門家であることも理解して「会いたい」と言ったのだ。


 それはあたしの目的のうちの1だから……。



「ほう? 貴女あなたになんらかの呪いがかけられていないかだって?」


「ホントなら予約を取ってお金を払って診てもらうべきことですよね? ご無理は承知でお願いしてます。お金なら後からでも払いますので――」

「いやいや、そうして良識のある物言いをするが、『無理を承知で――』とは、すなわち、それだけ『切羽詰まっている』ことの表れかとお見受けしました」


 なんだなんだ? この人もシルヴァくんと一緒で――、というか、彼がお父様譲りなのかもしれないけど、「聖人」の類なのか?


「近い将来、我がセカンダリー家に仲間入りするかもしれないお人の願いです。無下にはできません」


 ――今度も冗談で言ってるよね? 診察が終わったら嫁入りすることになってないよね?



「それでは――、まずは話してもらえませんか? 呪いを受けた、と相談される人は必ず心当たりがあって来られます。すなわち、リンツさんにもがあるはずです」


 うん、さすがは王都で高名なお医者様だ。油断したら嫁入りさせられるかもしれないけど、こちらの事情をちゃんと察してくれている。


 あたしはシルヴァくんのお父さんに「呪い」についての心当たりについて話した。ホントはこういうとき、包み隠さずなにもかも話した方がいいんだろうけど、残念ながらそうもいかないところもあるんだ。



「――なるほど。それは非常に強力な洗脳系の呪術……、と思われます。しかし、それは」

「対象に術をかける過程……、と言いますか、手段が簡単じゃないと言いますか――」


 あたしが途中から話し始めたことでお父さんはそれを聞き、最後に無言で頷いた。


「貴女は貴女なりに相当調べられたようですね?」


「はい。人の意思を操る呪法は一応、系統としては確立されていますから、アヴァロンがっこうの図書館にいけば調べられると思いまして……」


「さすがは名門アヴァロンの学生さんだ。仰る通りで、いわゆる『精神操作』あるいは『洗脳』と呼ばれる呪法の類は、施す工程が複雑です。具体的には、手を握ったり、目を見つめたりと――、対象と親しくなくてはできないようなことが多い」


 図書館で調べたあたしにもその辺の知識は少しだけあった。通りすがりでいきなり洗脳を施すとかは無理なんだ。だから、術者は先に対象に近付くことから始めるらしい。親し気なフリして寄ってくる人にそんな奴が紛れていると思うとホントに恐ろしい。


「ただ――、そこまで理解しているリンツさんだからこそ結論から申し上げますと……」


 あたしは思わず息を呑み、お医者様の目をじっと見つめて次の言葉を待った。



「貴女には、なんの呪法もかけられていません」

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