聖女召喚されたのにステータス「戦士」だった上になぜか金髪少年が一緒に召喚された。

@satoika

第1話 召喚されました。

「ようこそお越しくださいました。聖女様」


 白いローブを身にまとった金髪の二人の神官が恭しく頭を下げる。


 辺りを見回せば、部屋は天井から床板まで白亜の総大理石造りで、私は秒で納得の境地に至る。


 あ、これ異世界転移ってやつだわ。


 五体満足な己の身体と、持ち物の肩掛けバッグがちゃんと一緒に転移された事を確認してひとまず安堵した。念のためバッグからアルミ製の名刺入れを取り出し中を確認する。


『中山10レース 3連単 3ー11ー17』


 うん、ちゃんと入ってるな……。

 ケースの中に収まっているのは、名刺ではなく『馬券』である。つい一瞬前に確認した『馬券』がきちんとしまわれているという事は、私の記憶の中にあるまではちゃんと元の世界に存在していたという事だ。


 私にとっては、異世界に転移した事よりも、方が重要だ。


 なんせこの馬券は正真正銘の、約420万円の高額払い戻しの配当がついている。異世界では紙くずかもしれないが、元の世界に帰れるならば、是非ともこの馬券の価値が有効である60日以内に帰らせてもらいたい。


 こんな奇跡の馬券が当たるくらい運が良かったのか、そんな大穴馬券が当てられるほど運が底をついていたのか、兎にも角にも異世界に転移させられてしまったようだ。


 名刺入れに馬券を戻し、代わりに名刺を1枚取り出す。専ら馬券入れとして使用しているが、名刺も3枚だけ入れている。


「私、日本から参りました 春日 澪かすが みおと申します」


 名刺入れの上にセットした名刺をすっと神官に差し出すと、彼らは警戒にざっと後退る。


「おおおお許しを!! 我らは王命に逆らえなかったのです!!」

「どうかご慈悲をっ私には生まれたばかりの娘がっ!!」


 とたんにざっと土下座姿勢でワンワン泣き始める二人の神官に、少々ではなくだいぶドン引きだ。


 なぜだ……聖女である私の名刺が受け取れぬと?……異世界文化の閾値がまったく読めん。 馬の機嫌の方がまだわかりやすいんじゃないか?


「あの……」

「全て話します! 食事に毒をもり、聖女を眠らせ殺し、その血肉を森に撒き、魔物避けにするようにと王のお達しでございます!」


 え?! まじ? 聖女って撒き餌なの?


 祈りや回復魔法、ポーション作りする職だとばかり思っていたが……どうやらこちらでは殉教職のようだ。


 だが、聖女の血肉を撒いておけば魔物よけになるとしても、そんな仕事やくめを召喚した赤の他人に押し付けるのはどうなのだろうか。

 その役目は、自国の解決すべき問題だ。せめてが一緒に殉教するくらいの誠意はみせてほしい。

 そう、少なくとも神官と国の王は己の正義のために死ぬよね? 死ねないのおかしいよね? 命乞いするのおかしいよね?


「どうかご慈悲をっ命だけはっ」

「お許しくださいっ……どうかお許しください」


 表情につい殺気が混じってしまったようで、二人は、さらに怯えながら必死に頭を地に擦り付ける。


 まあ、この世界に召喚された理由はわかった。彼らのご期待には応えられないので私にできる事はない。大体、聖女が殉教しても魔物避けにしかならないなら根本的な解決とはいえない。勇者でも召喚して魔物を殲滅すべきだろう。


 うむ、冷静に考えると、もしかしてこの世界で一番、まともなのは魔物だろうか? 『女殺して森に血肉撒いてるとか人間やべぇ、頭おかしい、しばらく距離おこうぜ』みたいな判断できる魔物が一番賢いような気がする。


「あの……」

「たしかに! 王は、もし美しい女である場合は城に招き、代わりの新しい聖女を召喚するようにとーー……も、申し訳ございませんっお怒りはごもっともでございまっす」

「私には娘が、娘が生まれたっばかりで、何卒お慈悲をっお許しくださいっーー……っ死にたくないっお願いですっお許しください」


 二人は見事なまでのガクブル状態で、自白と命乞いを続ける。あまりに必死すぎる様子に私は逆にとことん落ち着いていた。


 そもそも、何故こんなにこの二人は怯えているんだろうか?


 『聖女』はもしかして私TUEEE系なのか?


 二人の様子がおかしくなったのは、私が名刺を差し出したあたりだ。


 アルミ製の名刺ケースだから武器と勘違いされたのか?

 だが、大の男二人がアラサーが名刺を出しただけでこの反応は解せぬ。


 ーー……。


 神官として罪の意識に苛まれたのか?


 なるほど……。

 うん、きっとそうだ。断じて私のせいではない。




 ち、違うよね?

 私が歴戦の猛者に見えたとかじゃないよね? こっちの女性は基本触ったら折れるほど容姿が儚いとかではないよね?


 いや、まて、仮りにここが異世界テンプレでドレス装備が基準の世界なら、 細いウエストのために骨まで抜くという美意識が基準ならーー……。



「聖女の血肉を撒くか……この感じは初犯じゃなさそうだね……」


 凛とした声に振り向くと、私のすぐ横に10才くらいの男の子が腕組みをして立っていた。

 黒い雨合羽のようなもので全身をすっぽりと覆っているが、ちらりとのぞく肌は一際白い。


「? 何?」

「いえ、貴方様はどちら様かと思いまして……」


 そもそも、いつからいた? 召喚前か、後か? 彼が口を開くまでまったく気配を感じなかった。

 そのせいか私の本能はバリバリに彼を警戒している。


 少年のまとう空気の威圧が明らかすぎて、目の前で土下座している二人よりも、直感的にヤバイ存在だと判断できる。


 神官達の味方ではなさそうだ。だが王から直に派遣された召喚の見届け人という可能性もある。


 ただ聖女をミンチにして森に撒くという非道な結末が確約なこの場所にわざわざこんな小さな子供を選定するだろうか?


 いや、ここの王様はバカっぽいから普通にあるかもしれない。本物のバカは常識では測れないゆえにバカなのだ。


「え? いやだな〜僕はミオお姉ちゃんの弟のウィルだよ。忘れちゃったの?」


 パサリとフードを払い、金髪青目の美少年がにこやかに笑う。神様ですらひれ伏しそうなほどの飛び切り極上の西洋系美少年、二次元以外で存在しえない全てが完璧なパーツで作り上げられた王子様!

 花弁のごとく美しい唇から紡がれるのは、高すぎず低すぎずの理想的な少年王子様イケボだった。


 私は断じてショタではない。

 だが、まじで、金髪少年王子が異次元可愛い!!!


「ーー……? ミオお姉ちゃん?」

「弟ーーっ! 最高か!!」


 私の突然の取り乱しっぷりに、ウィル様が若干引いた眼差しになる。


 今のは、普通に職質されてしかるべくレベルの奇行だった。

 手にしたままの名刺を名刺入れにしまい呼吸を整える。

 異世界召喚万歳ぃー!!


「ダメ姉ですみません。それでウィル様、この状況について何かご存知でしょうか」


「………………あ、うん。異世界召喚というヤツだよ。ミオお姉ちゃんは聖女として召喚されていて、僕は巻き込まれ……割り込み召喚ってやつだね」


 つまり、ウィル様も私と同じ異世界出身者らしい。


 だが、巻き込まれならともかく『割り込み召喚』ってなに?!

 字面からすると「あ、どっかで召喚されてる。僕も連れて行って! えい!」みたいな?




 彼に対する不信感が一気に高まった。




 いや、子供の好奇心ゆえの行動かもしれない。深く考えずにやってしまったパターンかもしれない。


「僕としてはこの二人を隷属魔術で縛りを入れて現地案内人にしようと思うんだけどどうかな?」

「隷属魔術ーー……」

「あ、一人で十分なら片方は処分」

「いえいえ、二人必要ですよ。私とウィル様二人いますから!」


 すでに彼はしゃがみこみ震える神官の首を掴みかかっていた。


 手慣れている……見た目10歳児の行動に一切の迷いが感じられない……。


「ぐっ」「がっっ」

 黒い靄が彼の身体から湧きあがり、腕を伝って彼らの首に絡みつく。神官達の顔から血の気が引き、血管が浮き出してくる。靄は徐々に彼らの中へと取り込まれ、ついにそれが全て消えた時、彼は手を離した。


「これでよし。では、早速だけどお茶会むけの場所に案内してくれる?」

「っ?」「?」

 二人は息を整えると、己の身体のあちこちを確認した。

 隷属魔術と言っていたが、どうやら強制力的な何かが働いているように感じていないようだ。


「強制的になにかをさせる制約は面倒くさいから『気に入らない時に四散させる』制約をかけているよ。トリガーは僕らのご機嫌だから、気をつけてね。あと、僕らの意向に従わない行動は問答無用で突然死するからね」


 何、その魔術、ガチにハードルが高い!!

 命令以前に気遣いができないと死ぬやつだった。


「余計なことをしなければ日常生活に支障はないよ。何かしたくなったら相談してくれれば、ちゃんと良いか悪いかくらいは教えてあげるし……で、お茶の用意は?」

「っございます。ございますが……ご用意している料理は毒が入っておりまして給仕の者は王家からの派遣ですのでご案内してよいかどうか……」


 やはり神官二人だけではなくちゃんと見届け人が待機していたようだ。


「給仕の者か……うん、王家に仕える者なら作法も知っているだろうし良い従者になれるかな。ミオお姉ちゃんはどう思う?」

「……その従者が戦闘訓練を受けていたら、隷属魔術は無理では?」


 その指摘に、彼が少し驚いたように目を開き笑んだ。あの靄が吸収されるには時間がかかっていた。

 聖女をバラして森に運ぶために手配された者なら筋力はそれなりにあるはずだ。抵抗された時に女子供の力だけで抑え込めるか不安がある。


「そういえばミオお姉ちゃん。召喚されるとステータス補正がつくんだけど、ちょと確認してみない?」

「ステータス……? あのそれはどんな感じでみれるんでしょうか?」

「え?……もしかしてミオお姉ちゃんの世界って魔術がないとか? 」

「……ないですね……」


 とりあえず『鑑定』とか言えば出てくるのか? それとも『ステータス』?

 ブンッと目の前に透明な板が現れる。

 それはたしかに私のステータス画面のようだ。


名前 春日 澪

年齢 28

出身 第三界 地球

天職 戦士

スキル 異世界言語、体術、弓術、馬操術、直感、芸術、商術(極)、無魔法学(極)

天職スキル 戦士無双、錬金術


 おい!聖女のせの字もないじゃないか!!

 しかも、なんだよ天職が『戦士』って!! スキルの戦士無双って!? ガッツリ戦闘職だよね?!


「……第三界?……あぁ、そういう事か……」


 私のステータス画面を覗き込んだウィル様が納得のつぶやきを漏らす。


「あの……私『聖女』じゃないみたいなんですけど?」


 その告白に神官の二人がブルブル震えて縦とも横とも区別のつかない相槌をうちまくる。


 どうやら彼らはすでに私のステータスを見ていたようだ。だから命の危険を感じたのだろう……。


「というわけで、ミオお姉ちゃんが悪い人たちを捕まえて、僕が隷属魔術で下僕にする方向で決定だね!」

「いや、スキルにたしかに『戦士無双』はついているけど、心当たりが全くないですから! いきなりOJTは不安すぎますよ!」

「大丈夫だよ! ミオお姉ちゃんは第三界出身だから第四界では文字通り『無双』だよ!」


 胸を張って太鼓判をおしてくれるが、全く安心できない。

 回復魔法が使えないので怪我をしても治せない。それ以前に日本人の私には免疫の面でかなり不安がある。正直、異世界の空気を吸う事にも若干不安もあるのにかすり傷でも怪我はしたくない。


「詳しい話は拠点を制圧した後にしようよ。どうせこのままじゃ何にもならないからね」


 マイペースに部屋から出て行こうとするウィル様に神官が大慌ててついていく。


 どうやら私の異世界転移はこの金髪美少年付きではじまるようだ。

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