第35話 前兆
そろそろ中間考査が迫っているということで、学院内は緊張感に包まれていた。俺は特に一般教養は苦手なので、そこを重点的に勉強をしていた。魔工学の方はたぶん大丈夫だけど、そっちもしっかりと復習しておかないといけない。
試験範囲は膨大で、改めて
「ねぇ、フィオ。ここは──」
「えーっと。その数式は……」
放課後。俺はフィオと二人で図書館で勉強をしていた。俺は一般教養を教えてもらい、魔工学は俺が教える。毎日ではないが、定期的に勉強会のようなものを開いていた。それはフィオの提案だったけど、本当にありがたいものだった。
ただ、家に帰るのはどうしても遅れてしまうので、すでにエレナさんに共有はしているけど……。
「勉強会?」
「うん。互いに分からないところを教え合うって感じ」
「アレンには私がいるから十分ですが──いえ。そうですね。学友と切磋琢磨するのも、いい経験でしょう。しかし、いいですかアレン。女子と二人きりになるというのは──」
なぜか勉強のことではなく、女子との接し方を再び懇切丁寧に教えてもらった。
そして、俺はなんとかエレナさんに許可してもらっていた。
「ふぅ。疲れたねぇ」
「そうですね。でも、アレンくんは凄いですね。集中力もそうですが、飲み込みが早いです」
「そうかな? でも、一般教養も魔工学くらい出来たらなぁ」
「そこはきっと時間の問題だと思います。私たちは昔からずっと算術や歴史などの勉強をしているので、アレンくんもきっと量をこなせばいけると思います」
「なるほど。それなら、もっと頑張るよ」
勉強も終わり、フィオと二人で学院を出ていく時。俺は微かに視線を感じた。そこにいたのはクラスメイトだったけど、フィオは表情を曇らせる。
「フィオ? どうかしたの?」
「いえ……なんでもありません」
フィオは最近、俺と一緒にいることが多い。前は友だちとの付き合いもあったのに、今はそんな感じもない。なんとなく、俺は何が起きているのか察していた。なら──俺がすることは決まっていた。
翌日。早めに学院に来ると、フィオの友だちがそこにいた。俺は思い切って、話しかけてみることにする。
「おはようございます」
「お、おはよう……何か用?」
無視されるかと思ったけど、彼女は返事をしてくれた。
「フィオと何かありました?」
「……その。いや、でも」
「自分のせいですか?」
「……きっかけは、そうね」
なるほど。やっぱり、俺が原因で何かあったのか。自分に何ができるか分からないけど、俺は素直な気持ちを話す事にした。
「みんなが俺のことを避けているのは知っています。でも、フィオは心優しい人です。もしよければ、仲直りできませんか? 俺ができることなら、なんでもしますので」
「……っ」
そういうと、彼女は目を大きく見開いて固まった。俺ができるのはどうやら、ここまでかな。
「踏み込み過ぎたなら、すみません。では、俺はこれで」
そう言ってから俺は自分の席へと向かった。もしかしたら、余計なことをしちゃったかな?
けれど、風向きは少しずつ変わり始めていた。
放課後。いつものようにフィオと二人で図書館のグループスペースにやって来た。
ちょうどそこに、朝話しかけたフィオの友だちがやって来た。
「フィオさん……」
「ケイトさん。何か……御用ですか?」
俺は黙って二人の会話を傾聴する。
「その──ごめんなさい! あれからずっと考えていたけど、あまりにも軽率で酷い発言だったわ。アレンくんも、ごめんなさい。何も知らないのに、あなたのことを悪く言って。本当に後悔しているわ。じゃあ、私はこれで……本当にすみませんでした」
深く頭を下げ、謝罪をして去って行こうとするけど──俺は彼女を呼び止めた。
「えっと。ケイト……さん? 一緒に勉強しない?」
「え?」
「謝罪は受け入れたよ。フィオもそうだよね?」
「え? はい。そうですが……」
「なら、仲直りしようよ。俺もケイトさんのことをもっと知りたいんだ。同じクラスメイトなんだし」
そう言うと、彼女は何かを窺うような視線を向けてくる。
「いいの?」
「うん。もちろん。フィオもいいよね?」
「はい。ケイトさんが良ければ、もちろん」
「じゃあ、その。失礼します」
それから俺たちは一緒に勉強をしたけど、ケイトさんも悪い人ではなかった。貴族社会は確かに、常に他者を値踏みするような世界なのかも知れない。
けど、実際にこうして話してみると、みんな悩みながら生きている。心のままに振る舞うことは出来ず、周りに合わせてしまうらしい。でも、だからこそ──貴族ではない俺の前では自然に振る舞って欲しかった。
そんなこともあって、俺は少しずつクラスで話す人が増えていった。初めはどうなることかと思ったけど、現状は改善していっている。全ての人に受け入れて欲しいなんて、考えはない。それでも、対等な人間として見られることは嬉しかった。
「──って、ことがあったんだ」
「なるほど。やっぱり、アレンは優しいのね」
昼休み。屋上でご飯を食べていると、ティアがやって来た。俺はティアにクラスメイトと少しずつ仲良くなっていることを話している最中だった。
「あ……えっとその」
そしてここには──フィオも来た。なぜか俺たちを見て、気まずそうな顔をしているけど。
「こんにちは」
「はい。こんにちは。ユースティア様……」
「私のことはティアで構いませんよ。私も、フィオでいいかしら?」
「えっ……いいのですか?」
「えぇ。アレンからあなたのことは、よく聞いていますから」
「では──ティアさんでいかがでしょうか?」
「もちろん」
ティアはニコニコと笑って、そう話しかけていた。うん。二人が仲良くなりそうで、俺も嬉しかった。
俺たちはそれから三人で昼食を取りながら、些細な会話をしていた。
「そういえば、アレンは
「
それは全く聞き覚えのないワードだった。
「
「へぇ。そんなものがあるんだ」
なるほど。他の魔術学院と競い合うのは、確かに面白そうだと思った。けど、そんな誘いは俺には来ていない。
「ティアは誘われてるの?」
「そうですね。選手として、参加すると思います」
「フィオも?」
「私は技術班で参加するかなと。でも、アレンくんが誘われないはずありませんよ!」
その言葉にはティアが反応する。
「アレンの場合は事情が特殊だからでしょうね。でもまだ選考期間だし、きっとアレンも選ばれるわよ」
「はい! 絶対にそうです!」
「あはは。そうだといいけど、まぁ気長に待ってみるよ」
帰り道。明日からはついに中間考査だけど、ベストは尽くせたはず。赤点で留年になることは絶対に避けなければならない。
あとは
と──そんなことを考えていると、トンとすれ違う人に軽くぶつかってしまった。
「あ……! ご、ごめんなさい!」
考え事をしていたので、前をしっかりと見ていなかった。俺はその人にすぐに謝罪をする。
「いえ。いいのよ」
「すみません! ぼーっとしていて……今後は気をつけます!」
「ふふ。そんなに謝らなくていいのよ。私もちょっと不注意だったから」
その人は──とても美しい大人の女性だった。艶やかな紫色の髪は顎のラインで整えられ、整然としたその輪郭を際立たせている。瞳は深い宝石のように輝いていた。
気品と妖艶さを持つその人は、声色もまたそれにふさわしく──低く柔らかでありながら、どこか人の心を絡め取るような甘さを含んでいた。
「ふふ。あぁ、本当にあなたは愛で満たされているのね。とても、とても美しいわ──」
「え、えっと……?」
「いずれ、分かる時が来るわ。じゃあ、私はこれで。アレン──あなたの活躍を期待してるわ」
「は、はい……」
とても不思議な人だった。
声色、顔つき、雰囲気。
その全てがまるで深い感情に満たされているような女性だった。
そうして、俺は帰路へとつくけど──
「あれ? 俺、名前言ったっけ……?」
言ったような、言ってないような。まぁ、そんなに気にすることじゃないか。
この時の俺はまだ──水面下で静かに蠢く〈悪意〉の存在に、気づいていなかった。
上層に渦巻く深い闇。
魔術師が渇望する〈原典〉の本質。
その先に待つものは──祝福か。
それとも破滅か。
俺がその〈悪意〉と相対するのは、もうすぐそこまで迫って来ていた。
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