第31話 招待


「ここが──セラフィリス家か。大きいなぁ……」


 休日。俺はひとりでセラフィリス家にやって来ていた。エレナさんとシリウスさんに相談したけど、行くことに問題はないと言われた。でも、くれぐれも無礼がないように注意しなさいとも言われたので、俺は気を引き締めてここに来ていた。


 こ、これってどうやってこの門の中に入ればいいんだろう……。一人で門の前で立ち尽くしていると、メイドの人がこちらへとやって来る。


「アレン様でしょうか?」

「は、はい!」

「どうぞ中へ。ユースティア様の元へご案内いたします」

「はい! ありがとうございます!」


 大きな門が開き、ついに俺は屋敷の中へと入っていく。庭には整えられた白薔薇の列と噴水があり、空気は清浄さが満ちているような気がした。屋敷はシリウスさんのところでも大きいと思ったけど、ここはさらに大きい。


 緊張感を保ちながら、俺はついに屋敷の中へと入っていく。中もまた外観と同等かそれ以上に豪華な内装をしている。


「アレン。ありがとう、来てくれて」

「ティア。そ、その……お邪魔します」

「ふふ。そんなに緊張しなくていいのよ。さ、私の部屋に案内するわ」

「うん」


 ティアに案内される途中。

 俺の目の前に一人の男性が現れる。

 荘厳な装いに鋭い眼光。身長は俺よりもずっと高くて、その人は圧倒的なオーラのようなものを纏っていた。



「キミが──アレンかな?」



 その声は低く、まるで深淵から響いてくるかのような重みを帯びていた。


「は、はい」

「私はセラフィリス家当主のエドガーだ。娘の友だちと聞いている。仲良くしてやってくれ」

「はい! こちらこそ……!」


 握手を求めて来るので、俺はそれに応じた。


「あぁ。そうそう。アレン。キミは下層者と聞いているが、飛び級であの魔工科に入学したらしいな。素晴らしい才能だ。ぜひ、その才能を上層ここで伸ばすといい」

「は、はい!」

「では、私はこれで」


 当主様はそう言って俺の前から去っていった。き、緊張したぁ……何か失礼とかなかったよね?


 それから俺は、ティアの部屋へと案内された。


「そこに座って」

「うん」


 壁は淡いクリーム色に金箔が縁取りされており、天井には星々を模した魔導灯が柔らかい光を灯している。


 壁際の本棚には魔術書や詩集。歴史書が整然と収められ、魔道具のような装飾品がさりげなく飾られているのも印象的だった。


「こちらお紅茶になります」

「ありがとうございます……!」


 メイドの人が紅茶とお菓子を持って来てくれた。そして、部屋には俺とティアの二人になる。俺は恐る恐る紅茶に口をつけるけど、あまりの美味しさに呆然としてしまう。


「お、美味しい……」

「お菓子もどう?」

「うん。ありがとう」


 クッキーも食べてみたけど、今までにないくらい美味しかった。


「さて、何から話しましょうか。そうね。アレンは上に来てから、どんな日々を過ごしていたの?」

「えっと。俺は──」


 この一年間。どのような日々を過ごしていたのか、ゆっくりとそれを話していく。

 勉強、勉強、勉強。魔術を学ぶこともすごく苦労して、とても大変だった。けれど魔工学の勉強はとても楽しかった。そして何よりも、エレナさんとシリウスさんのおかげで合格できたと──そう伝えた。


「そうなんだ。アレンは上に来て、とても頑張ったのね」

「うん。無事に合格できてホッとしてるよ」

「ふふ。でも、あなたは魔工科で唯一完答した生徒だって、噂になってるけどね」

「え。魔工科以外でも噂になってるんだ」


 そうなんだ。正直なところ、魔工科以外の教室にはあまり行かないからピンと来ない話だった。



「アレンは友だちとかできたの?」

「うん。フィオとは友だちになったよ」

「フィオ? 確か……伯爵家の子かしら」

「うん! フィオとは話がすごく合って、一緒にいて楽しいよ!」

「ふぅん。へぇ……」

「……」


 瞬間。スッとティアの目が細くなっていく。その雰囲気はエレナさんが時折見せるものに似ていて、俺は背筋が凍るような感覚がした。


「仲良いの?」

「良いと思うけど」

「ふぅん。まぁ、友だちがいることはとても良いことね。うんうん」

「う、うん……」


 それから二人でお菓子を少し食べて、俺は気になっていることを訊くことにした。



「ティアはその……どうして、下に来ていたの?」


 そう言うと、ティアは少しだけ遠くを見つめる。その視線は少しだけ寂しそうにみえた。


「そうね。ちゃんと、話しておくべきね。私は身の危険を感じて少しの間、下に避難することになったの。ベルはその護衛ね」

「身の危険……?」


 セラフィリス家のお嬢様が危険な状況になるなんて、あまり想像できなかった。


「アレン。あなたもきっとこれから知ることになると思うけど、貴族社会は決して一枚岩ではないわ。このセラフィリス家の力も絶対的なものではないから」

「御三家の頂点と言われているのに……?」

「えぇ。御三家の力は正直、拮抗してると思う。それに他の貴族勢力もあるわ。それこそ、暗殺なんて珍しい話じゃないの。貴族社会とは権力争いが常に行われている世界なのよ」

「あ、暗殺……? 権力のために人を殺すの?」

「そうよ」

「そう……なんだ」


 信じられなかった。

 下の世界では生きることに精一杯だったのに、上では満足に暮らすことができているにもかかわらず、人を殺すなんて……本当の意味で上層ここは別世界なんだと俺は知った。


「今日は実は、そのことをアレンに伝えたかったの。あなたはきっと魔術の歴史の中でも、特異な才能の持ち主だと思う。だからこそ──気をつけて。魔術師……特に貴族に簡単に心を許してはダメよ。もちろん、私も含めて」

「分かった。けど、ティアのことは信頼してるよ。だって、下にいた時も俺に優しくしてくれたし。それにこうして忠告してくれるのは、俺のためでしょ? 本当に何かするなら、俺に忠告なんてしないだろうし」

「……っ」


 そういうと、ティアは少しだけ目に涙を溜めて俯く。彼女がどんな想いを抱えているか分からないけど、優しいことだけは分かっているから。


「そうね。アレン。そう言ってくれて、ありがとう」

「うん。こちらこそわざわざ教えてくれて、ありがとう。十分に注意するよ」

「えぇ。きっと学院では、いろいろな困難があるかもしれないけど、アレンならきっと乗り越えることができると思うわ」

「うん!」

「それとその……」


 ティアは窺うように、じっと俺のことを熱のある視線を向けてくる。



「──また屋上に行ってもいい? アレンと一緒にお昼ご飯を食べてみたいの」

「もちろん! いつでもいいよ!」



 俺は笑顔でそう答える。ティアがそう言ってくれるのは、俺としても嬉しいことだった。あ。でも、フィオのことも伝えないとかな?


「あ。たまにフィオも来るけど」

「へぇ。それはいいかもしれないわね」

「そうなの? あ。ティアもフィオと仲良くなりたいんだね!」

「えぇ。その通りよ。だから今度、私にも紹介してくれる?」

「う、うん!」


 あ。あれ。さっきまでは優しい顔つきだったのに、今はその目は全く笑っていなかった。それにやけに圧があるような気もするけど……。



 そして俺はセラフィリス家を後にする。

 とても楽しい時間だった。改めて、ティアのことをよく知ることができた。

 

 でも──〈貴族社会〉は俺が思っているよりも、ずっと厳しい世界のようだ。まさか暗殺が珍しくないなんて……より一層、気を引き締めて生活をしていこう。


 俺は確かな足取りで帰路へとつくけど、その際。視線を感じたような気がしたけど……。


「気のせいかな?」


 そうして俺は、屋敷へと戻っていくのだった。



 †



「帰ったか」

「そのようだな」


 セラフィリス家の書斎にいたのは、当主のエドガーと──〈特級魔術師〉のベルだった。ベルはアレンがいることを知っていたが、敢えて声をかけなかった。


「エドガーから見て、アレンはどうだった?」

「心優しそうな少年だな。それこそ、上ではあまり見ない人間だ」

「なるほどな」

「しかし、彼には特異な才能があるのだろう?」


 ベルはタバコを咥え、煙を吐き出す。


「あぁ。アレンの原典は──〈再現〉だ」

「再現? 再現対象は?」

「〈原典〉そのものさ」


 そう言われて、流石のエドガーも驚きを示す。


「……なるほど。それは流石に凄まじい才能だ。魔術史でも類を見ないほどのものだ」

「ただ、無条件で無限に原典を再現できるわけではないようだが。しかし、その才能は上の人間からすれば喉から手が出るほど欲しいものだ。シリウスも色々と考えているようだが、実際に動いている組織もある」

魔刻結社レプリクスか……」

「あぁ。ま、派手なアクションはしていないが、時間の問題だろうな」

「ふむ。他の勢力も彼の力を知れば、欲するだろう。上の世界は──停滞しているからな」


 そう。魔術師たちは、長きに渡って停滞していた。


 血統こそ──至上。


 優れた原典を継承する者同士の交配を重ね、強き魔術を〈守る〉ことこそが魔術師の使命であると信じられていた。確かに、強力な原典は代々受け継がれ、その力は洗練されていった。だが──その保守に傾きすぎた代償として、魔術は〈創造〉を忘れ、〈革新〉を拒むようになっていた。


 新たな魔術は生まれず、誰もが過去の再演に安住する。魔術界は知らず知らずのうちに、緩やかな衰退の道を歩んでいた。


 そんな世界に現れた新星が──アレンだった。


「上では決して育つことのない〈原典さいのう〉だ。その力を知れば、貴族連中は何がなんでも欲しがるだろうな」

「間違いない」

「それで、セラフィリス家は──どうするつもりなんだ?」


 ベルはエドガーに視線を送る。

 その瞳には曇りなく、けれど決して温かくもなかった。そこにあるのは──信頼ではなく、見極めの視線。二人は友でもなければ、同志でもない。ただ、目的の一部が重なっているに過ぎないだけの関係。


 ベルが心を許していないことは、エドガー自身が誰よりも理解していた。だからこそ、その視線が何を意味しているのかも分かっている。



「彼の才能は縛りつけるべきではないだろう。私たち魔術師は原典という名の〈呪縛〉に囚われてきた。血で血を洗う争いも、いずれは終止符を打つべきだ。だからこそ、私は成り行きに身を任せることにするさ」

「へぇ。随分と殊勝な考えだな」

「私ももう歳だ。やっと、いろいろなものが見えてきた。旧態依然としたこの上層せかい。そして原典とは、決して人の手で操ることはできないものだと分かったのさ。なぜならば──」



 そう言うと、エドガーは窓越しに空を見上げて──こう呟いた。



「私も。キミも。そして──〈原典〉に導かれるのだから」

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