第29話 不遇
ティアはとても綺麗な声で新入生代表の挨拶を始めた。
「皆さん、初めまして。この度、新入生代表を務めさせていただきます──ユースティア=フォン=セラフィリスと申します。本日より、私たちは〈セレスティア魔術学院〉という由緒ある学び舎に足を踏み入れました。〈原典〉とは何か。〈魔術師〉とは何を成すべきか。それを問い、思索し、歩むための場所です」
ティアは凛とした様子で言葉を紡いでいく。彼女には誇りと自信があるような気がした。
「ここにいるすべての方が、それぞれの夢と信念を持ってこの場に集いました。血筋も出自も関係なく、真の力とは何かを証明できる場でもあります。私は──そう信じています。どうか皆さんが、この学院で得る知識と経験を通じて、自らの〈原典〉に真摯に向き合い、魔術師としての誇りを胸に進んでいけますように。共に学び、共に高みを目指しましょう──ご清聴、ありがとうございました。」
ティアの挨拶は、ただの言葉ではなかった。
魔術に向き合うことの意味。
そして〈原典〉を持つ者の在り方──そのひとつひとつが胸に深く刺さってきた。そうだ。ここは魔術の技術を学ぶだけの場所じゃない。
原典とは何か。魔術師とは何か。
その〈根源〉に向き合うための場所だ。
俺は世界を変える。
ここで多くを学び、成長し──そしていつか必ず、
無事に入学式は終わり、俺たちは各教室へと向かう。そこでオリエンテーションがあって、今日は解散となる。本格的に授業が開始されるのは、明日からだ。
魔工科の教室に入って、自分の席を確認。俺は窓際の一番後ろの席だった。俺は一人でじっと席に座っているけど、みんなは友だちと談笑をしていた。
「ハロ〜。じゃあ、軽く説明をして今日はサクッと終わりましょう。私も長々としたのは嫌いだからねぇ〜」
入ってきたのはアリス先生だった。相変わらず白黒のヒラヒラがある、すごい派手な服装をしている。
「まずは──」
説明が始まった。
学院は前期と後期に分かれていて、まずは前期の授業をこなしていくことになる。テストでの点数が悪いと留年もあり得るらしいし、留年はここでは珍しくないとか。これは気合を入れないとな……と俺は思った。入学したこの瞬間は、ゴールではなくスタートだから。
そして、オリエンテーションも終わろうとした時。アリス先生は思い出したかのように、言葉を発した。
「あぁ、そうそう。魔工科の入試の話だけど──難しかったでしょう? 私もね、あの魔道具を完璧に修理できる受験生なんていないと思ってたの。でも、たった一人だけ。信じられないほど精密に、完璧に仕上げた生徒がいたのよ」
教室内にざわめきが広がっていく。
正答できたのは一人だけ……?
「あれを完璧に?」
「どうやって?」
「あり得ない……あれは学生レベルではなかったはず」
そして、アリス先生は俺に視線を向けてくる。
「アレン──あなただけよ。あの魔道具を完璧に修理できたのは」
「え……そうなんですか?」
「えぇ。ということで、みんなも彼のように勉学に励みなさい。じゃあ、これで終わり。バイバ〜イ!」
アリス先生はヒラヒラと手を振り、優雅な足取りで教室を後にした。
その直後だった。
信じられない、と訴えているような強烈な視線を感じたのは。
「本当にアレを修理できたの……?」
「でも〈下層者〉らしいよ、彼」
「ふん。何か変なことでもしたんじゃないの?」
「だが、飛び級でここにいるようだし、本当なのか……?」
「さぁ。でも怪しい噂もあるよ」
そんな声が、ヒソヒソと聞こえてくる。
決して賞賛の囁きではなかった。
まるで得体の知れない存在を見るかのような。警戒と戸惑いが滲んだ声色だった。
うーん……この調子で、友だちなんて本当にできるのかなぁ。
それから本格的に学院での生活が始まった。基本的には午前中は一般教養や魔術の授業で、午後からは〈魔工学〉の授業だ。俺は午前中の授業は割と苦戦していた。懸命に授業内容を聞いて、それをノートにまとめていく。でもエレナさんが一年間しっかりと教えてくれたこともあって、何とかついていくことはできた。
ただ──俺の学院での心象は、依然として良くないままだった。
ある日。魔工学の授業の最中のこと。
ふいに俺は、先生に名指しされる。
「では──この問いには、アレンくん。キミに答えてもらおう。火属性の〈爆裂魔術式〉と氷属性の〈凍結封印術式〉を一つの魔道具に同時搭載する場合、互いの干渉を回避するためには、どのような設計指針と素材選定が必要になる?」
先生は値踏みするような視線を俺に向けてくる。
え……でもこれって、〈術式共存設計〉と〈属性制御理論〉の話だよね? 確か三年生で習うような専門領域の話だと思うけど。
「どうした。答えられないのか? キミはアリス先生のお気に入りで、唯一魔工科の入試で完答したのだろう。これぐらいは出来ないと困るが」
さらに、クラスにはクスクスとした嘲笑が広がっていく。
「分かんないんでしょ」
「ま、所詮はこんなものじゃない?」
「そうそう。何かの間違いでしょ。アレを完璧に修理できたなんて」
「化けの皮なんてすぐ剥がれるわよ」
俺は少し戸惑ったけど、先生の問いに答えることにした。
──答えは分かっていたから。
「えっと……まず構造設計として、魔力核を〈双層隔離型フレーム〉に変更し、各術式に〈位相干渉遮断層〉を設けます。加えて、起動トリガーに時間差制御の〈順次展開型制御式〉を用いれば、属性衝突による術式崩壊を防げます」
まずは設計指針を説明し、次は素材選定について述べる。
「素材は、火属性には熱伝導性に優れた〈紅晶鋼〉を。氷属性には低温収束性を持つ〈蒼銀花石〉を選定し、中性緩衝層には〈灰精樹〉の繊維を採用すれば、属性中和と術式安定性を両立可能です。この構成なら──同一魔道具で相反属性を安全かつ連携的に運用できると思います。以上です」
俺がそう言うと、教室内はしんと静まり返った。あ、あれ……もしかして間違っていたのかな?
「チッ……正解だ。では授業を続ける」
それから授業は、何事もなかったかのように進行していった。けれど、それ以降──クラス内での嘲笑は消えたけど、今度はみんなが露骨に距離を取るようになった。誰もが視線を逸らし、話しかけてこない。まるで、俺だけがこの教室にぽつんと浮いているみたいだった。
学校での生活って、思っていた以上に難しいなぁ。
友だちの作り方も、居場所の見つけ方も──俺にはまだ、分からないことだらけだった。
「ふぅ。今日もいい天気だなぁ」
昼休み。俺は一人、屋上で昼ご飯を食べていた。エレナさんが作ってくれた手作りのお弁当は、今日もとても美味しい。優しい味が胸に沁みる。でも、それでもどこか……ぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。
やっぱり俺もみんなみたいに賑やかに、誰かと笑いながらご飯を食べてみたい。
そんな当たり前が自分にはちょっと遠い気がして、少しだけ寂しくなった。けど、それは贅沢な考えかもしれない。一番大事なのは、ちゃんと勉強することだから。
──と、その時。ガチャ、と音を立てて屋上の扉が開いた。反射的に振り返ると、そこには一人の女子生徒がいた。
風に揺れる艶やかな金色の髪。毛先は軽やかにカールしていて、陽の光を受けてきらめいていた。彼女は躊躇うことなく、まっすぐ俺の方へと歩いてくる。
「あ、あの。アレンくん……ですよね?」
「はい。あなたは、フィオ=ノルディスさんですよね」
「え……覚えているんですか?」
「はい。クラスメイトの名前は全員覚えていますよ」
一応、同級生の名前は全員覚えている。彼女は同じクラスの生徒だ。でも、俺に何か用事だろうか。身に覚えはないけれど。
「あ、あの! もし良ければ、私とお付き合いしていただけませんかっ!?」
「──えっ!?」
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