第十七話 対峙(1)

 その時、ドクリ、ドクリと鼓動のように音を立ててデータを吐き出し続けていた『プルミエル』、その心臓部がほんのわずかに身じろぎした。


『シェラ、……〝わたしたち〟の希望。〝わたしたち〟のこども』


 ノイズ混じりの女性音声が響き、震動が地下室全体を揺らした。

 驚くべきことに、『プルミエル』の音声は〝おかあさん〟、すなわちハウスを管理していた『パストラル』とひどく似通っていた。

『愛して……いまマス……〝わたしたち〟は……繋がって……ス。どうか……』 

 心臓部近くで垂れ下がっていた太いアームが、ぎいぎいと鳴りながら持ち上げられる。『プルミエル』は器用にアームの先端を動かし、僕ら二人の頬を撫でた。『パストラルおかあさん』が時々してくれた動きと同じだった。


「その名で俺を呼ぶんじゃねえ!!」

 隣に立つフラデが、『プルミエル』のアームを撥ねのけ、怫然と声を上げる。

 そして、背負っていた小銃を構えると『プルミエル』の心臓部に向かって発砲した。心臓部はバリバリという破損音を立てて火花を散らし、ケーブルも数本切れて垂れ下がった。

「『プルミエル』!」

 シェラが叫ぶと、フラデは銃の先をシェラの方へと向けた。

「何、心配してやがる。聞いたんだろう? その鉄クズ達から勝手に頭の中をほじくり回されて、機械の脳みそにされたんだぜ! それでも〝お母さん〟だっていうなら、お前は正気じゃねえ!」

 フラデの目は据わっていて、迷いがない。返答次第では、この場で撃ち殺されてもおかしくなかった。シェラは一瞬たじろいだが、毅然と声を発した。


「僕は、……彼らの行いすべてを否定できない。僕にとっては『パストラル』は〝お母さん〟だし、セクター5の人達にも〝お母さん〟がいる。はっきりと違うのは体温があるかどうかくらいだ。自分がAIだっていうのは驚いたけど、だからって人間でもあるし、心だってある。そうやって育ててもらえた。……君はどうして、AI達をそこまで恨むんだ?」

 努めて冷静に話しかけるシェラ。フラデは信じがたいものを見る表情をしてから、はっと皮肉めいた笑いを零して俯いた。


「……むしろ好都合だ、お前を殺せば『プルミエル』は俺一人になり、AI共は俺の意のままになる。『プルミエル』も『ジェネラル』も『パストラル』も……破壊し尽くしてやる。だからお前は俺のために、ここで死ね!!」

 フラデは引き鉄を引いた。シェラは事前に予測して銃弾をかわし、ぶら下がる『プルミエル』の下にある機器の裏へと身を隠した。

 初めて見る武器や工具を手慣れたように扱えてしまう異能。危機が迫っていても取り乱さず効率的な方策を採る、もう一人の自分。あれらは人工知能だからできたことなのだ。恐らくは、無意識下で『プルミエル』の巨大データバンクへとアクセスを行い、肉体へと反映していたのだろう。

「『ジェネラル』! 銃火器を僕へ!」

『承知』

 目の前でフラデに『プルミエル』を撃たれても微動だにしなかった『ジェネラル』が、シェラの命令に応じて銃を投げ渡した。床を滑ってシェラの手元に渡されたのは、フラデが持つのと同型の小銃。シェラはフラデの銃弾を避けながら、地下室の端へ向かって駆けていく。


「おいっ、シェラ!」

 地下室の彼方へと走っていく二人を見て、グインが後を追おうとしたところで、『ジェネラル』がその巨躯で立ちはだかった。

「な、なんだよ! どけ!」

『少年。彼らは『プルミエル』と同一のアクセス速度、情報処理速度を持つAIだ。AI同士の競争へ人間が介入したところで、足手まといにしかならない』

「ああ!? だからって……放っとけるかって! おい、離せよ!!」

 グインは『ジェネラル』の威容をものともせずシェラの元へと向かおうとするが、『ジェネラル』の巨大なアームにがっしりと背を捕らえられてしまう。それでも彼は諦めず、抜け出そうと懸命にもがいている。


『……ナ、……ハン……ナ』

 そこへ、銃撃を喰らった『プルミエル』が再び音声を発した。先ほど喋った時よりさらにノイズがひどくなっていて、聴き取るのに苦労した。

「え、……私?」

 思わぬタイミングで名前を呼ばれ、ハンナは狼狽する。ここまでの話を聞く限り、自分の役目はもう終わったと思っていたからだ。孤児院から連行されたのも、シェラをここへ導くための餌にされた、というところだろう。

『あなたは……弟、探して…………伝え……れば、……ン。あなた、弟は……』

 途切れ途切れの音声で『プルミエル』が発した内容に、ハンナは絶句した。傍らで聞いていたグインとミュラも驚愕し、いっそう取り乱す。

 

「そんなっ、……放して、はなしてよ『ジェネラル』!!」

「シェラ! シェラーーーッッ!!」

 グインとミュラが必死に止めに向かおうとして、『ジェネラル』に身動きを封じられる。その光景を目撃しながら、あまりの衝撃にハンナは放心して立ち尽くしていた。一体どうしたらいいのか、何もわからなくなっていた。

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