第十五話 オルディヌム中枢区
シェラ達はセクター5を西へ抜け、ノヴァ・セントラル中央に位置する、オルディヌム中枢区へのゲートを前にしていた。
「やっぱりここだ」
シェラの手元の通信端末で、LGS利用の測位システムによる位置表示がなされている。赤い点が中枢区の南寄りの地点で点滅を繰り返していた。
「アヴィゲイル、だいじょうぶかな……」
ミュラが心配そうに呟く。
この位置表示は、グインがアヴィゲイルに渡した端末の現在位置を示すものだ。彼女がどうやって中枢区へ入ったのかは知れないが、今この場所にいるはずである。
「アヴィゲイルもだけど、オレ達も困ってるぜ。どうすんだ、オルディヌム中枢区はAI以外進入禁止だぞ。見つかった瞬間に射殺、ってくらいはあり得るだろ」
グインがお手上げというように両手を上げた。
彼の言うとおり、中枢区への人間の立ち入りは許されていない。ゲート前には、シェラがアウタードームからノヴァ・セントラルへ入る際に出会ったのと同型のロボット兵士が脇を固めていた。二機は小銃を抱えており、いつでも撃てる体勢である。
シェラは二機のロボットをじっと観察しながら思案する。もしも、あの時と同じであるなら。レイモンド大尉は「そんなことあるの」と言っていた。維持軍の大尉が驚くほどの珍しい現象が自分に限っては起きたというなら、つまり……。
「ちょっと待ってて」
「シェラ?」
グインとミュラに断ってから、シェラはゲートへ向かって堂々と、真っ直ぐ歩いて行く。予想外の行動にグインが声を上げそうになったが、自分達の存在が知られるのも危険だと思い、慌てて口を塞ぐ。
だが、グインが危惧したような事態にはならなかった。ゲート前のロボット二機はシェラに反応を示さず、彼方を見据えてじっと停止し続けている。シェラは二機のロボットをそれぞれ見てから、静かな口調で命じた。
「今からオルディヌム中枢区へ入る。ハウスの少女とネイティブの少年の二名、グインとミュラが同行するけど、危害を加えないように」
『承知シマシタ』
なんとロボット達は、シェラの命令を即座に受け入れて、敬礼の姿勢すら取ってみせたのだ。
眼前で起こった思いがけない光景に、グインとミュラは隠れている最中であるのも忘れて、呆然と立ち尽くした。
「グイン、ミュラ。もう大丈夫だよ、こっちへ来て」
「……えっ?」
「彼らは君たちを攻撃しない。僕が保証する。さあ行こう」
シェラは確信を持って言い切った。
グインとミュラは半信半疑でロボット達の前へと身をさらしたが、たしかに警戒される様子はない。二機は銃を抱え、彼方を見つめたまま微動だにしなかった。
「なんで……?」
「後で説明するよ、とりあえず今は急ごう」
ミュラの問い掛けをかわし、シェラは一人走り出してしまう。グイン達は慌てて彼の後を追いかける。
通信端末が示す表示に従い、オルディヌム中枢区内を駆け抜けていく。人間の存在しない区域は、シェラ達にとって寒気を催させるような場所だった。壁や扉といった遮蔽物が何もなく、ほとんどガラスや透過素材だけで構成されている。建物やコード、足裏からも、誰かの視線を感じる。
目立つものではデータ集積用と思われる高層の塔群があり、各塔間には狂いなく一定の距離が保たれている。構造は細部に至るまですべてが同じだ。直線と対象で構成された建物の外壁、通路までところどころ有機ケーブルが沿わせられ、敷き詰められている。ケーブルは植物の蔓に似て見え、それでいて血管のように脈打って感じられた。
異様に均整がとれている直線・対称構造の都市は、ちょうどロボットを動かす基盤をひっくり返して巨大にしたかのようだった。
「……気持ち悪い街だな……おいシェラ、さっきから迷わず走ってるけど、場所分かるのか? ……シェラ?」
不安げに周囲を見回しながら、グインが尋ねる。シェラは何も応えようとしない。手元の携帯端末も握っているだけで、もはや画面を見てすらいなかった。
さすがに異変を感じたグインがもう一度呼びかけると、シェラは少しずつ走る速度を下げて、ゆっくりと立ち止まる。
「……判るんだ」
「分かるって、なにが?」
「この場所に入ってから、余計に……。『プルミエル』の居場所も、ハンナが無事だってことも、……あ、アヴィゲイルは多分居ない。端末だけ没収されて追い返されたのかもしれないね」
「は?」
淀みなく、なのに何処かへ意識を馳せるような遠い目でシェラは喋った。グインとミュラは、聞きたいことは山積みなのに、何と言うべきか分からなくなる。まるでシェラが遠くへ、自分達の手の届かない場所へ消えようとしているみたいに感じられて。
「っ!」
しかし突然、シェラが切迫した表情でグイン達の背後へと視線を向けた。グインも背後を振り向くと、なんとシェラ達以外に人間の姿があった。シェラ達と同じくらいから少し年上くらいまでの青年達が、フードを被った少年を先頭にして、こちらを目指して近付いてきていた。
間違いない。シェラの居た施設を破壊したテログループの少年達……そしてそのリーダーであろう、赤い眼の少年・フラデだ。
「げっ、なんでここにあいつらが!」
「グイン、フラデ達を知ってるのか?」
「お前こそ知ってるのか! 数年前からセクター5とアウタードームを出入りしてる。欲しいものがあれば人殺しも辞さない、荒っぽい奴らだよ!」
二人が言うが早いか、テログループの青年達は気付かれたと思ったようで、いっそう足を早めた。各々が銃や殴るための棒状のものを手にしているのも見える。
「逃げよう!」
シェラが叫び、全速力で走り出した。グインとミュラも急いで追いかける。
二人が自分の背を追い、息も絶え絶えに走り続けてくれている、それからテログループの青年達が焦りながら喋っている……フラデ気付かれたぜ、所詮は子供だ大して逃げられまい……そう話している。音も光も振動も……感覚の全てが増大していた。シェラには周囲の全てが手に取るように
追っ手から逃れようと、先頭を走り続けるシェラは、目的の構造物を見つけて一目散に飛び込んでいく。ところが、その構造物の異様な外見に、グインとミュラは足を止めて唖然と見上げた。この街で唯一対象物がない巨大な塔、その外壁に隙間なくコードとケーブルが埋め付くし、びっしりと覆って天まで延びている。いわば、電線の大樹。
「早く!」
すかさず、シェラのせき立てる声が投げかけられて我に返り、グインはミュラを引っ張って建物内へ走って行く。扉の存在しない構造物内へ入るには、垂れ下がるケーブルの山を掻き分けて進んでいく必要があり、シェラ達は汗だくになりながらどうにか侵入を果たした。建物内へ入ると、タイル敷きの廊下が整備されていて走りやすくなった。壁面に埋まって停止している、ロボット兵士のためのものだろう。
シェラは振り返らなかったが、グイン達の疲労が大きい状態である上、テログループの少年達が近くまで迫っていると悟っていた。このまま、やみくもに走っていても追いつかれる。
すると、前方でロボット兵士が前進してきており、自分達とすれ違うところなのが見えた。シェラは咄嗟にロボット兵の前まで駆け寄り、アーム部に触れながら話す。
「グインとミュラ以外、後方の少年達を拘束して!」
『了解シマシタ』
ロボット兵は実直に応じると、壁面内に埋まっていたロボット兵士達も次々と稼働を始めて、猛然と少年達のもとへ向かっていった。
「なあっ、シェラ、お前ッ……!」
グインはたまらず叫んだ。絶対におかしい、AI達がシュラの命令に従って動いている。考えたくはないが、それはつまり……。
シェラは応えなかった。一瞬グインを半身振り返って、とても哀しそうに笑ってみせるだけだった。
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