冷徹公爵様、私のダンジョン料理だけは我慢できないみたいです~秘密を抱えた元令嬢、胃袋を掴んだはずが逆に胃袋も心も掴まれ返されそうな甘くて美味しい毎日!?~

咲月ねむと

第1話 金色の檻

「まあ、エリアーナ様、本日もお美しいですこと! まるで春の女神が舞い降りたかのよう……」


社交辞令の嵐。それに完璧な淑女の笑みで応じながら、私、エリアーナ・フォン・クライフォルトは内心でため息をついた。


(春の女神、ねぇ……。この金ピカの檻に閉じ込められた女神様なんて、聞いたことないわよ)


きらびやかなドレスは私の身体を締め付け、寸分の狂いもない挨拶と淑やかな振る舞いを強いるのだ。


クライフォルト侯爵家の長女として、私に求められるのは常に「完璧」であること。

美しい容姿、高い教養、そして何よりも、家名に傷をつけない相手との結婚。


それが私の未来、らしい。


「こんな生活、もううんざりだわ……!」


自室に戻り、侍女のメイにドレスを脱がせてもらいながら思わず本音がこぼれた。


「お嬢様、そのようなことをおっしゃっては……」


メイは困ったように眉を下げるけれど、彼女も私の息苦しさを薄々は感じ取ってくれているはずだ。


私には、前世の記憶がある。

日本という国で、もっと自由に、好きなものを食べて、好きなことをして生きていた記憶が。


だから今のこの生活は、美しい鳥かごの中。

餌も水も不自由しないけれど、空を飛ぶことは許されない。


「ああ、どこか遠くへ行ってしまいたい……。誰も私のことを知らない場所で、お腹いっぱい美味しいものを食べてみたいわ……」


窓の外を眺めながら呟くと、メイが心配そうに私の顔を覗き込む。


「お嬢様……あまり思い詰められませんよう……。そうだ、今宵は厨房に言って、料理長に何かお嬢様の好きなものを作ってもらうよう頼んでみましょうか?」


「いいえ、メイ。ありがとう。でも、そういうことじゃないの……」


屋敷の料理は確かに美味しい。

でも、それは決められた時間に、決められた作法で食べる、ただの「食事」。


私が求めているのは、もっとこう……心が躍るような、未知の味との出会いなのだ。


そんな悶々とした日々が続いていたある夜、私はついに決行することにした。


(もう我慢できない! 少しだけ……ほんの少しだけ、外の世界を見てみたい!)


侍女たちが寝静まり、護衛の騎士が手薄になる深夜のこと。


私は、メイが古い衣装箱にしまっていた地味な侍女服に着替え、髪を質素な布で覆い隠した。顔にはわざと泥を少しだけつけて、準備万端!


「……よし、行くわよ!」


心臓はドキドキと早鐘を打つ。

しかしそれ以上に、未知なる世界への期待が私の背中を押していた。事前に調べておいた裏口から、音を立てないようにそっと屋敷を抜け出す。


生まれて初めて嗅ぐ、夜の街の空気。

屋敷のお香とは全く違う、土草の匂いと、そして人々の生活の匂い。それは、私にとって自由の香りそのものだった。


(これが……外の世界……!)


最初はただ屋敷の外の空気を吸うだけで満足するつもりだった。だが、私の足は自然と賑やかな方へと向かっていた。


屋敷からは少し離れた、庶民が集う酒場が軒を連ねる通り。そこからは、陽気な音楽と人々の笑い声、そして……何よりも、私の鼻を強く刺激する、香ばしくて食欲をそそる匂いがした。


(な、何なの、この美味しそうな匂いは……!?)


導かれるようにしてたどり着いたのは、一軒の小さな酒場。古びているけれど、磨かれた木の扉からは温かな光が漏れている。


一瞬ためらったけれど、未知なる匂いへの好奇心が、私の手をドアノブへと伸ばさせた。


「ご、ごめんください……」


意を決して扉を開けると、むわりとした熱気と共に様々な匂いが私を包み込んだ。

肉の焼ける匂い、香辛料の刺激的な香り、パンの焼ける甘い匂い。


(すごい……!)


酒場の中は、屈強な男たちや、仕事を終えた職人風の人たちでごった返していた。誰も、場違いなほど質素な身なりの私に注目する者はいない。それが、今の私にはありがたかった。


おそるおそるカウンターの隅に腰を下ろすと、恰幅の良い女主人が気さくに声をかけてきた。


「おや、見慣れない顔だね、お嬢ちゃん。何か食べるかい? それとも一杯飲むかい?」


「あ、あの……何か、食べ物を……」


壁にかけられた簡素なメニューには、知らない名前の料理ばかり。どうしようかと迷っていると、隣の席で大柄な男が骨付きの肉にかぶりついているのが目に入った。

表面はこんがりと焼け、肉汁がじわりと滲み出ている。そのあまりの美味しそうな光景に、私の喉がごくりと鳴った。


「あ、あれを……一つ、お願いします!」


気づけば、私は無意識のうちに、その料理を指差していた。


「あいよっ! 特製リブステーキね! すぐに用意するよ!」


女主人は威勢よく返事をすると、すぐに厨房へと消えた。


やがて、私の目の前にほかほかと湯気を立てる一皿が置かれた。

先ほど男が食べていたのと同じ、骨付き肉の豪快なグリル。添えられているのは、素朴な黒パンとハーブで香り付けされた豆の煮込み。


(これが……私の求めていたもの……!)


ナイフとフォークを手に取り、おそるおそる肉にナイフを入れる。抵抗なくスッと刃が通り、断面からは透明な肉汁が溢れ出した。


一切れを口に運んだ瞬間――。


「―――っ!! な、何なの……これ……っ!?」


雷に打たれたような衝撃が、私の全身を貫いた。肉は驚くほど柔らかく、噛むほどに濃厚な旨味が口の中に広がったのだ。

表面の焦げた部分は香ばしくて、内側はしっとりジューシー。味付けはシンプルなのに、素材そのものの味が最大限に引き出されていた。


(美味しい……! 美味しい……! こんなに美味しいものが、この世界にあったなんて……!)


夢中で肉を頬張り、黒パンを肉汁に浸して食べる。豆の煮込みも、ハーブの風味が絶妙で素朴ながらも深い味わい。


屋敷で食べてきた、どんな手の込んだ料理よりも、何倍も、何十倍も美味しい。


一皿をあっという間に平らげた私は、しばらくの間、呆然としていた。そして、心の奥底から熱いものがこみ上げてくるのを感じたのだ。


(もっと知りたい……もっと色々なものを食べてみたい……! そして、できることなら……私もこんな風に、人を感動させられる料理を……作ってみたい!)


それは、私がこの世界に生まれて初めて抱いた、誰にも指図されない自分自身の心の底からの強い欲求だった。


金色の檻の中で、ただ息を潜めて生きてきた私、エリアーナ・フォン・クライフォルト。

その心に未知なる料理への、そして自由への渇望という、熱い炎が灯った瞬間だった。



―――

今作は初の女性主人公を起用しました。

コンテストに合わせて書いた作品で、現在投稿している『絶品ダンジョン飯』シリーズ第二弾となる作品です。


今回は異世界が舞台で繰り広げられる物語ですが、皆様読むときは、飯テロにご注意を!!

お腹が空いてしまいますよ!!


では、いつもの恒例としまして一言。

作品のフォロー、★のコメント評価、★だけでも大歓迎です!

ぜひともよろしくお願いします。

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