死んでいらしゃいませ、転生死役所

モンテーロバルデスレオ

第一話 白い場所

意識がゆっくりと浮上してくる感覚があった。けれど、目を開けた瞬間に見えたのは、見慣れた天井でも、病院の灯りでもなかった。


 ——真っ白な空間。


 床も壁も、天井すら区別がつかない。全てが白く、淡く、どこか暖かい光に包まれている。


 「……夢?」


 ぽつりとつぶやいたその声すら、吸い込まれていくように静かだった。森山ヒバリは立ち尽くし、自分の両手を見た。ちゃんと指も動く。身体に痛みもない。


 「森山ヒバリさんですね?」


 唐突に声がした。振り返ると、そこには一人の人物が立っていた。


 背筋の伸びた中性的な人影。灰色のスーツに身を包み、手にはクリップボード。見た目はどこにでもいそうな事務員風だが、どこか人工的で、無機質な印象を受ける。


 「私はネイ。転生死役所の担当です。ご来所、ありがとうございます」


 「てんせい……しやくしょ……?」


 「はい。現在あなたは、生死の狭間にいます。交通事故によって意識不明となり、いわゆる臨死状態ですね。ここは、次の選択をするための中継点です」


 ネイは無表情で、しかしどこか柔らかい口調で話す。淡々としているのに、妙に聞き入ってしまう。


 「選択……?」


 「はい。あなたはこれから、“死後をどうするか”を選んでいただきます。簡単に言えば、次の行き先を決めるということです」


 ヒバリは、言葉の意味をすぐに理解できなかった。死後? 行き先? 自分は今、生きていないのか?


 「……私は、死んだんですか?」


 ネイは、ほんのわずかに首を横に振った。


 「まだ“決まっていません”。ですが、今ここにいるということは、何らかの形で“死に近づいた”ということです。ですから、あなたには選ぶ権利があります」


 「……選ぶって、どういうことを?」


 ネイは手元のボードを一瞥しながら、落ち着いた声で続ける。


 「死後、人はそれぞれの信じていた世界に導かれると思われがちですが、実際には“自ら選ぶ”ことができます。ただし——その選択は、あなた自身の“価値観”や“信じているもの”に深く関わります」


 ヒバリは、自分の胸の奥に波紋のようなものを感じていた。


 ——自分の死後を、自分で選ぶ?


 そんなこと、これまで一度も考えたことがなかった。けれど、不思議と恐怖はなかった。ただただ、知りたいという気持ちが静かに湧いてくる。


 「……たとえば、どんな選択があるんですか?」


 ネイは、わずかに口角を上げた。


 「順を追って説明します。あなたの考え方や価値観によって、どんな世界が待っているのか、興味はありますか?」


 ヒバリは、少しだけ目を見開き、そして小さくうなずいた。


 「……はい。知りたいです」


 光の中、ネイは一歩近づき、ヒバリを奥の空間へと案内する。


 選択の旅は、いま始まったばかりだった。

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