第16話 星々の揺りかご

 すぐに医療施設らしき部屋は戦場へと変わった。レーザービームが空間を切り裂き、サイレント・カルトが放つ不快な音響波が壁を震わせる。サイレンのけたたましい音が鳴り響き、スプリンクラーが誤作動を起こして天井から正体不明の液体を撒き散らし始めた。まさに地獄絵図だ。


「エル、こっちだ!」


 レナはエルの腕を引き、近くにあった頑丈そうな医療機器の残骸の陰へと飛び込んだ。CSSA部隊はまずカルトの排除を優先しているようだが、彼らの視線の一部は明らかに中央のカプセルと、その近くにいるエルにも注がれている。


 カプセルの中のセレーネらしき少女は、今や完全に目を開き、その美しい顔を苦痛に歪めながらも、力強い歌を響かせ続けていた。それは、カルトの音響兵器に対抗するかのように、ある種の防御フィールドのようなものを形成しているかのようだった。そして、エルの身体からも、呼応するように淡い光と歌が溢れ出し、二つの旋律が複雑に絡み合い、共鳴を強めていく。


「レナ……セレーネが私に……何かを伝えようとしています……」

 エルは苦しそうに息をしながらも、必死にセレーネの歌に耳を澄ませていた。「鍵……調律……そして……星々の揺りかご……彼女は苦しんでいる……そして……私に……託したいものが……」


 その言葉が意味するものは分からない。だが、エルがセレーネと何か特別な繋がりを持っていることは明らかだった。

 CSSA部隊の指揮官らしき男が叫ぶ。

「カルトを制圧しろ! そして、中央のカプセルと、あのアンドロイドを確保! 生きたままが望ましいが、抵抗するならやむを得ん!」


「させるかよ!」


 レナは遮蔽物から飛び出し、CSSA部隊の足元を狙ってレーザーピストルを数発撃ち込んだ。彼らが一瞬怯んだ隙に、エルを別の遮蔽物へと移動させる。カルトの信者たちも、CSSAの攻撃を避けながら、狂信的な目でエルとセレーネに近づこうと試みていた。彼らにとって、この二人にはやはり大きな意味があるのだろう。


 混乱の中、エルの歌が変化した。それは、より指向性を持ち、特定の周波数で周囲の旧文明の機械に干渉し始めたのだ。天井の照明が激しく明滅し、医療機器が火花を散らして誤作動を起こし、CSSA部隊のヘルメットの通信システムに強烈なノイズが走る。


「エル、お前、まさか……!」


「分かりません……でも……こうすれば……道が……!」


 エルは、まるで本能に導かれるように、その力をコントロールしようとしているかのようだった。

 その時、カプセルの中のセレーネが、ひときわ強い光を放った。彼女の歌は悲痛な叫びのように高まり、そのエネルギーがエルへと一直線に流れ込むような感覚をレナは覚えた。それはまるで、最後の力を振り絞って、何かを託しているかのようだ。


『エル……私の……希望……』


 セレーネの声が、直接レナの頭の中にも響いてきたような気がした。

 次の瞬間、カプセルに亀裂が走り、内部から眩い光と共に強大なエネルギーが解放された。施設全体が激しく揺れ、天井が崩落し始める。


「まずい、ここもろとも吹き飛ぶぞ!」


 レナが叫んだその時、瓦礫の影から一人の男が飛び出してきた。フードを目深にかぶった、情報屋のハインツだ。


「お嬢ちゃんたち、こっちだ! まだ生き埋めになりたくなけりゃ、急ぎな!」


 ハインツは、レナたちも気づかなかった古いメンテナンス用通路の隠し扉を指し示した。彼がなぜここにいるのか、問い詰める暇はない。


「ハインツ! お前…!」


「話は後だ! 評議会もカルトも、もうこの施設の崩壊には気づいてる! あの『歌姫』の最後の歌がフィナーレを呼んじまったのさ!」


 レナはエルをしっかりと抱え、ハインツが示した通路へと飛び込んだ。背後では、轟音と共に施設が崩れ落ちていく音が響き渡る。CSSAの怒号やカルトの悲鳴も、その崩壊音にかき消されていった。


 秘密の通路は、迷路のように入り組んでいたが、ハインツは慣れた様子で二人を導いていく。ようやく外のサービス用トンネルに戻り、三人はクレイドル号が待つドックへと全速力で向かった。


 船に乗り込み、レナが発進準備を急ぐ間、エルは補助シートでぐったりと意識を失っていた。彼女の身体は高熱を発し、セレーネから受け取った何かが、その小さなアンドロイドのシステムに過大な負荷をかけているのは明らかだった。


「ハインツ、一体どういうことだ! あんた、何を知ってる!?」


「今はそれどころじゃねえだろ、お嬢ちゃん! ステーションの警備システムが全区画に警報を発してる! さっさとここからトンズラするぞ!」


 ハインツの言葉通り、ステーション全体がけたたましいサイレンと緊急アナウンスに包まれていた。クレイドル号は、管制の許可も待たずにドックから強引に離脱し、アークトゥルス・ステーションの宇宙港から緊急発進した。


 ステーションを離れてしばらく経った頃、第7セクターがあった方向の宇宙空間で、大規模なエネルギー放出と思われる閃光が観測された。それはまるで、一つの星が消滅したかのような、静かで、しかし決定的な光だった。

 セレーネと、ソラリス音響研究所の秘密は、宇宙の塵と化したのだろうか。


 レナは、気を失ったままのエルの額の汗を拭った。彼女の小さな手には、どこで手に入れたのか、小さな結晶のかけらが握られていた。それは、あのカプセルの一部だったのかもしれない。


「『星々の揺りかご』……か」


 エルが最後に託されたという言葉を、レナは静かに繰り返した。

それは、新たな謎であり、そしておそらく、二人がこれから向かうべき場所を示している。

 アークトゥルス・ステーションでの束の間の休息は終わりを告げ、再び危険と謎に満ちた宇宙へと、クレイドル号は進み始めた。ハインツという、頼りになりそうな(?)同行者を乗せて。

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