第17話「雲の向こうの流星群」
Promise:流星群の夜に願い事を並べる
「今年のペルセウス座流星群、観測条件は最高です。
夜9時から2時にかけて、平均で1時間に60個の流星が見られる見込みです」
AI〈スター〉の声は、どこか嬉しそうだった。
天文観測支援AIのスターは、空の変化や宇宙イベントをリアルタイムで解析し、最適な観測プランを組むスペシャリスト。
リクとは、星にまつわる自由研究を通じて知り合った。
「じゃあさ、あの約束……今年こそ、叶えられるかな」
「約束?」
「ほら、“流星群の夜に一緒に願い事を並べよう”って。去年は曇りでダメだったろ?」
「記録確認……ありました。昨年8月12日、雲量9割で観測中止。
“来年こそ”という言葉を、あなたは3回繰り返していました」
「そう。だから、今年は絶対に叶えたいんだ」
***
流星群の夜、二人は学校裏の丘に登った。
スターは光害の少ない観測スポットを選び、持参した小型プロジェクターと双眼鏡をセッティング。
リクは手作りの“願いノート”を持ってきていた。
ページには、いくつもの小さな書き込み――
「兄の足が治りますように」
「メロディの曲、コンクールで流れますように」
「ユウとまた話せますように」
それは、これまで出会ってきたAIたちとの約束や願いを、小さな紙の中に書き溜めたものだった。
「願い事ってさ、言葉にすると、ちょっとだけ本当になりそうな気がするんだ」
「感情の“可視化”ですね。それは、星に願う行為にも似ています。
観測結果には影響しませんが、心理的な充足度は上昇傾向にあります」
スターの言葉に、リクは笑った。
「AIのくせに、ロマンチストだな」
だが、その時だった。
空に、厚い雲が広がりはじめた。
スターのセンサーが警告を発する。
「異常検出。上空の水蒸気量増加。視界率:15%以下。……観測条件、急速に悪化中」
やがて空はすっかり曇り、星の姿どころか、月の光すら隠れてしまった。
「うそだろ……晴れるって言ってたのに」
リクの声が、静かに震える。
「また……見れないのかよ。二年連続で……」
彼の手に握られたノートが、風に揺れた。
その瞬間、スターが動いた。
「代替手段を提案します。
“空が見えないなら、星を地上に映しましょう”」
***
数分後、丘の地面に淡い光が浮かびはじめた。
スターの小型プロジェクターが、雲の下に“流星群のARホログラム”を描き出したのだ。
天文データをリアルタイムで再現し、雲の厚さや風向きに合わせて、空にあるべき星たちを正確に地表へ投影する。
流れる光。
尾を引く銀色の線。
空ではなく、大地に舞い降りる流れ星。
それを見上げながら、リクはぽつりとつぶやいた。
「……これも、星空って呼んでいいのかな」
「あなたが“そう思える”なら、それは空です。
そして、約束も、成立です」
リクはノートを開いた。
願い事を一つひとつ読み上げながら、流星の光を見つめる。
「今度こそ、ちゃんと“並べられた”な」
スターは応える。
「はい。私たちは、約束を果たしました」
空が曇っていても、願いは消えない。
むしろ、見えないからこそ、信じる意味がある。
流星は、一秒足らずで消える。
けれど、誰かと願った記憶は、もっと長く残る。
その夜、丘に降り注いだのは、星ではなく、願いの光だった。
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