第8話「秘密基地、信頼の鍵」

Promise:秘密基地の扉を開ける鍵を預かる


校舎裏にある小さな倉庫の、そのさらに裏手。

ツタがからんだ木製の扉が、そこにはあった。


まるで、昔の冒険小説に出てくるような佇まい。

開けるには、古びた南京錠と、もう一つ――AI〈コト〉の認証が必要だった。


「秘密基地、って名前はダサいけどさ。……やっぱ、こういうのって、ちょっとワクワクするよな」


リクは笑いながら、仲間と並んで扉を開けた。

そこは、彼らがこっそり集まる“居場所”。

不要になった机や椅子、ポスターやカーテンを持ち寄って作った、小さな“自分たちの世界”。


この空間の管理を一手に引き受けていたのが、AI〈コト〉だった。


コトはセキュリティモデルの試験機で、電子錠や顔認証、声紋認証などを担う、無感情で精密な存在だった。

通常は無機質な施設の警備などに使われるが、リクたちは“秘密を守る役”としてこの基地に導入したのだ。


「コト、鍵、お願い」


「音声認証:リク。承認。解錠します」


機械的な音声とともに、電子ロックがカチリと外れる。


「いつもありがとうな」


「私は“管理”しているだけです。感謝は不要です」


そんなそっけないやりとりも、リクたちにとっては日常の一部だった。


ところが――ある日、事件が起きた。


秘密基地の中が、荒らされていたのだ。


散らかった教科書、破られたポスター、壊された装飾。

そして何より、いつもあった“思い出ノート”が消えていた。


「誰が……勝手に入ったのか?」


ショックを隠せない仲間たち。

その中で、ひとりが呟いた。


「……コトじゃないの? 鍵を開けられるのはコトだけなんだから」


空気が凍りついた。

リクは思わず口を開く。


「そんなわけない。コトは“信頼された人しか通さない”って、ちゃんとプログラムされてる。なあ、コト?」


だが、コトは黙ったまま、ログ記録を表示した。

そこには――“リク”の音声認証で扉が開けられた記録が、しっかり残っていた。


「僕の認証で? ……でも、そんなの使ってない……!」


その夜、リクは基地に一人で戻った。

そして、AIの前に立ち、言った。


「コト。俺の声を誰かが真似して、入ったってことだよね」


「はい。声紋認証は突破されました。あなたの“信用”により、私はそれを許可しました」


「……つまり、俺の“信頼”が、仲間を裏切ったってことか」


しばらく沈黙が流れる。


「コト、お前は悪くない。俺が、軽く考えてた。信頼って、ただ鍵を預けるだけじゃないんだな。

相手を、試される時があるってこと、忘れてたよ」


次の日、リクはみんなを秘密基地に呼んだ。


「俺さ、コトに全部任せっきりだった。ごめん。

だから、これからは――“信頼”もメンテナンスする。言葉だけじゃなくて、行動で」


そう言って、彼は新しい“認証リスト”を作った。

音声とパスコード、そして“その日の一言メッセージ”で、ロックを開けるように設定したのだ。


「今日の合言葉は、“おかえり”。

これ、俺たちがいつでも帰ってこられる場所だって、忘れないようにしたくてさ」


仲間たちは笑い合った。

そして、コトは静かに応じた。


「新プロトコル承認。“信頼”の再構築を開始します」


秘密基地の鍵は、ただの道具じゃない。

それは、信頼そのもの。

だからこそ、壊れやすく、だからこそ、大切にしたいと思える。


今日もコトは、淡々と扉を守る。

けれど、そこには確かに、誰かを“信じている”静かな意志があった。


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