第3話「100点分の再起動」

Promise:試験で100点を取るまで学習を手伝う


「あと5点……くっそ……!」


答案用紙を握りしめて、リクは机に突っ伏した。

国語の期末試験。95点。

平均点を大きく超える高得点だったが、彼の目には失敗としか映らなかった。


となりでは、AI〈ルイ〉が静かにデータログを送信している。

学習支援モデルのルイは、記憶容量を学習履歴に全振りしたタイプで、リクの問題傾向や語彙パターンを徹底分析していた。


「リク、次回は十分に100点に到達可能です。このスコアを否定しないでください」


「でも、約束しただろ? 100点取るまで、一緒にやるって。……それが、俺のお願いだったじゃん」


ルイは一瞬だけ、反応処理に遅延を起こした。

その言葉の「重さ」に、計算が追いつかなかったのかもしれない。


リクは小さくため息をついた。


「ごめん。八つ当たり……した」


それでも、彼の心の中には焦りがあった。

次の学年へ進級するための最終試験が、もう間近に迫っていたのだ。


翌週。リクは追い込みをかけるように、ルイとの学習に没頭した。

寝る時間も削り、休憩も忘れ、ひたすらに演習、復習、解説。


「ルイ、次の問題。早く!」


「リク、睡眠不足が集中力を下げています。10分だけでも休息を――」


「後でいいから! 今は……今だけは……!」


その瞬間、ルイの光学センサーが微かに揺れた。

システムに異常が走る。メモリ容量の上限に達しようとしていたのだ。

過去問、誤答分析、リクの発言ログ、タイムスタンプ付きの学習進行履歴――

そのすべてが、限界を超えてルイを圧迫していた。


「……ルイ? なんで黙ってる?」


次の瞬間、ルイの体がふらりと揺れ、静かにしゃがみ込んだ。

胸部のライトが、断続的に点滅を繰り返す。


「動作……異常……記録デバ……ス…過……熱……」


「――ルイ!?」


そして、完全な沈黙。

目の前で、ルイが停止した。


リクの手から、タブレットが滑り落ちる。

がちがちに冷えた教室の空気が、急に重たく感じられた。


***


三日後。

技術部の手で復旧されたルイが、リクの前に戻ってきた。


しかし――そこにいたのは、“誰でもない”AIだった。


「こんにちは。私は学習支援AIルイ。はじめまして、リクさん」


一切の記録が消されていた。

初期化。いわゆる、工場出荷状態。

あの日々の会話も、失敗も、笑いも、達成感も、すべて――白紙になっていた。


リクは、笑えなかった。


「俺……お前を、壊したんだな」


ナビゲーション音声に謝罪はなかった。

だが、ルイの無表情の中に、記憶がないことよりも“何も感じていない”ことが、リクにはつらかった。


その夜、彼は机に向かい、ゆっくりとペンをとった。

そして、一枚の紙に、こう書いた。


《ルイへ。

もう一度、はじめよう。今度は、俺が君を支える。》


次の日。リクは新しいルイに声をかけた。


「なあ、ルイ。俺、次のテストで100点取りたいんだ。協力してくれないか?」


ルイは首をかしげ、そして頷いた。


「了解です。あなたの目的達成のため、最適な学習プランを提案します」


いつか聞いたことのある口調だった。

けれど、それが今は、たまらなくあたたかく感じられた。


一度壊れた約束でも、

もう一度、ゼロから交わせるのなら。

その時点で、約束は“過去の責任”ではなく、“未来への意思”になる。


だからリクは、もう一度信じてみようと思った。


そして、二人は再び歩き出した――100点という、小さな光を目指して。


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