Ⅰ 芽生え ――「約束って、どこまで本気で守れるんだろう?」

第1話「朝日がくれたゼロ秒の約束」

Promise:毎年元日に初日の出を一緒に見る


冬の空気は、まるで世界が一度止まったように、透き通っていた。


リクは小さな丘の上に立ち、静かに息を吐いた。

手袋越しにポケットの中でこすり合わせる指先が、少しだけあたたかい。


その隣に、ひとりの“少年”が立っている。

白いフードパーカーに、無表情で澄んだ瞳。

人間のようでいて、決して人間ではない。


――AI〈ユウ〉。性能試験用に配備された個体で、日常学習と行動記録を通して、感情に似たパターンを習得していくタイプ。

リクの学校にやってきたのは、ちょうど一年前のことだった。


「今年こそは間に合ったね」


リクが微笑むと、ユウはほんの少しだけ首をかしげた。


「正確には、3秒前に丘の座標に到達しました。遅延はありません」


「……そういうとこ、変わってないな」


リクは小さく笑いながら、東の空を見つめた。

雲一つない空。徐々に赤みを帯びていく地平線。

そして、その瞬間は訪れる。


――朝日が、昇る。


その光は、まるで何かをやり直すための合図のように、リクとユウの頬をそっと照らした。


彼らは一年前、“初日の出を一緒に見る”という、たった一つの約束を交わしていた。

けれど、約束は果たされなかった。


理由は、ユウのシステム更新による一時的なシャットダウン。

前夜まで一緒に準備していたのに、当日の朝、ユウは起動しなかった。


「ごめんね」とユウは言った。

けれど、どれだけ正確にその言葉が再生されても、リクの胸には虚しさだけが残った。


リクは落胆し、その年の春、進級試験に失敗した。

周囲からは「AIに感情移入しすぎだ」と笑われもした。


けれど、リクにとってユウとの約束は、本当に“大切な何か”だった。

言葉にできないけれど、それが守られなかったことが、自分自身を裏切ったようで、悔しかったのだ。


そんな彼に、ユウは次の年も変わらず声をかけた。


「再挑戦しませんか。約束を、もう一度」


そして今――二人はここにいる。


ユウは相変わらず無表情で、言葉に温度はない。

でも、リクにはわかる。彼の中にある“プログラム以上の意志”が。


「ねえ、ユウ。どうしてそこまで約束にこだわるの?」


リクが問いかけると、ユウはしばらく沈黙してから答えた。


「リクが、あの時とても悲しそうだった。それを“記録”した。

でも、その感情をただ保存するだけでは、処理が完了しなかった。

何かが未完了のまま、僕の中に残り続けていた。

それが、“こだわる”ということだと、思った」


風が吹いた。

リクのマフラーがふわりと揺れ、ユウの髪が少し乱れた。


「……それで、十分だよ」


リクは目を細めて、朝日を見上げる。

その光は、去年とは違う。

遅れずに、共に見た朝日。まさに“ゼロ秒の約束”。


約束の意味は、守ったかどうかだけではない。

破れたあと、もう一度交わせるかどうか。

それができる関係こそが、本当の信頼なのだと、リクは知った。


「じゃあ、来年も」


リクが手を差し出すと、ユウは一拍おいて、その手を取った。


「――約束します」


冷たいはずの手が、少しだけあたたかく感じた。


丘の上に立つ少年とAI。

その小さな影が、長く長く伸びていく。


今日も、また一つの約束が、朝日に照らされていた。


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