俺はその様子になにも感じなかった。


 俺はもう、壊れているんだ。


 そう思った。


 一郎は続ける。


 深呼吸をしても止まらないぐらい泣きそうになりながらゆっくりと。


「……銃は、もう終わりにするために、作ったんだ。」


「油を撒いたのも、俺だ。」


「死ぬなら銃じゃなくて、火で死にたい。」


「父さんとは違う死に方が、よかったから。」


「……時間を置けば出来るはずだ。」


 そう言って一郎は銃を構えた。


 俺は無意識に手を上げる。


 そして言ってしまった。


 必死な声で、すがるように。


「撃たないでくれ!」


「まだ……死にたくない。」


 ニヤリと一郎は笑いながら言った。


 その手は震えてた。


「安心しろ。」


「お前は撃たない。」


 そう言って、一郎はゆっくりと銃口を下ろし、油に向けた。


 俺はやっと理解した。


 火をつける気だ。


 俺はゆっくりと一郎の背中に移動する。


 止めるためだけじゃない。


 自分が逃げるためだ。


 一郎の後ろにドアがあるから。


 一郎は目をつぶって深呼吸をしている。


 足音を出さなければ気づかれない。


「太郎。」


「逃げようとしてるの、分かってるぞ。」


 俺は油の匂いがする空気を食んだ。


 その匂いが肺にまとわりつく。


 気づかれた。


「何年一緒にいると思ってる。」


「だから、逃げろ。」


 俺の口は動かなかった。


 混乱してなにも考えられない。


 いつの間にか言葉に出てた。


「逃げてもいいのか?」


 一郎はゆっくりと頷いた。


 俺はドアを開けた。


 だれかの足音が聞こえた気がした。


 一郎は真剣な表情をしながら油を見つめている。


 これで……逃げれる。


 そう思った瞬間。


 "ドンッ"


 あの時と同じ銃の音が小屋に響く。


 やっぱり人が死ぬ。


 それも間接的に。


 銃って恐ろしいな。


 後ろを振り返った。


 火がどのくらい迫ってきているか見るために。


 でもそこには火なんてなかった。


「あれ?」


 二発も三発も油に銃を撃つ一郎。


 何が起きているんだ?


 なんで火がつかない?


 一郎は崩れ落ちた。


 そして地面を叩きながら言った。


 その肩は揺れていた。


 まるで鉄を削る機械のように。


「どうして!」


「どうして……。」


 ピチャピチャと涙が落ちる音がする。


 俺は一郎が落とした銃を持ち考えた。


 でも、分からない。


 その時、だれかの声がした。


「気化してないからだ。」


 二人で後ろを振り返る。


 さっきまでだれも居なかったはずだ。


 でも、そこにはいた。


 先生だ。


 先生は続ける。


「危ないから、銃をよこせ。」


 俺は素直に渡した。


 怖い表情をしていたから。


 一郎は下を向いたまま動かない。


 先生はそんな一郎の肩を撫でた。


 一郎の目から涙が吹き出した。


 よほど辛かったのだろう。


 俺は、想像できないけど、想像しようとしていた。


 一郎の過去と気持ちを。


 そうしないと前に進めない。


 進んじゃいけない。


 そんな気がしたから。

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