神の審判でやり直しさせられています

gacchi/ビーズログ文庫

1 ひとりぼっちの令嬢

1-1

 

 ここにいる間はいやなことを忘れていられた。

 学園の校舎の裏側、のきしたの場所にベンチが置かれている。この場所を見つけてからは、ずっとひるきゅうけいはここで過ごしていた。

 午後の授業が始まるまで、何も考えずに空をながめるとおだやかな気持ちになる。ここにベンチがあることをだれも知らないのか、他の学生に会ったことはない。一人になりたい私にとっては都合が良かった。

 だが、そんな時間もそろそろ終わる。残念だけど教室にもどらなくてはならない。

 ため息をついて立ち上がり歩き出す。中庭の通路をとおけようとしたら、なぜかひとがきができていてもっけんがぶつかる音が聞こえる。どうやら第二王子フレデリック様がけんの訓練をしているようで、見学者のれいじょうたちが囲むようにしている。しまったと思いながらも、なるべく急いで通り過ぎようとすると令嬢たちの声が聞こえてきた。


「またレイニード様が勝ったわ!」

らしいわね。フレデリック様も強いはずなのに、レイニード様にはかなわないのでしょう?」

「さすが王女の専属護衛にばってきされるほどのうでまえね」

うわさではビクトリア様とこいなかだとか……」


 聞きたくないけれど、聞こえてしまった。

 フレデリック様の訓練の相手をしていたのはジョランドこうしゃくなんレイニードだった。人垣の向こうにちらりと見えたのは短く切られたぎんぱつに切れ長の目は青みがかった灰色。

 冷たそうに見えるのはそれだけ顔立ちが整っているからだが、そのせいで氷のと呼ばれているらしい。

 昔はよく笑うどこにでもいるような元気な少年だったのに、十二さいで騎士団に訓練生として入団するとすぐに第一王女ビクトリア様の護衛に抜擢され、十八歳になる今では騎士団でも敵う者がいないほどだと聞いている。


「でも、レイニード様にはこんやくしゃがいるのでしょう?」

「ええ、知っているわ。あのエンドソンこうしゃく家のエミリア様よね。一人ひとりむすめだからレイニード様が婿むこりするという話よ」


「ああ、あのエンドソン侯爵家に生まれたというのにりょくがない令嬢ね」

「ビクトリア様がこうするには、公爵家でも家をがない二男では認められないでしょうし……お可哀かわいそうに」


 令嬢たちはまさかそのレイニードの婚約者が後ろを通っているとは思っていない。私だってかげぐちを聞きたいわけではないけれど、まるで令嬢たちの声が追いかけてくるように聞こえてしまった。

 わかっていたことだけど、こうして改めて聞くと胸が痛い。

 氷の騎士として認められているレイニードなのに、王女を降嫁させるには身分が足りない。騎士団長になれば認められるかもしれないが、それまで何年かかるかわからない。しかも、十二歳の時に私と婚約している。

 レイニードとビクトリア様が恋仲だという噂は護衛に抜擢されたころからあった。学園にいる間は学年がちがうためにレイニードはフレデリック様の護衛を務めているが、それ以外の時間はずっとビクトリア様のそばにっているらしい。それこそ、婚約者である私と交流する時間も取れないほどに。

 陛下が二人の仲を認めているのなら私と婚約解消させようとするはずだが、そうなっていないのはおそらくビクトリア様のとつさきには考えていないのだろう。

 だが、美しいビクトリア様の姿にあこがれている令嬢の多くは下位貴族のためか、身分差でけっこんできないことが許せないらしく、おもっているのに結ばれない王女と騎士のこいじょうじゅさせようとおうえんしている。そのせいで見ず知らずの令嬢にからまれることも多く、じゃをしないようにと責められることもあるが、私にはどうすることもできない。

 婚約した当初の予定では学園を卒業したら結婚するはずだったけれど、話し合いをすることもできず何一つ決まっていない。このままでは結婚できたとしても、レイニードはビクトリア様を優先して形だけのふうになるのは目に見えている。

 さすがにそれは歴史あるエンドソン侯爵家がすたれてしまうことになるので、婚約を解消するのなら早いほうがいいのだが、レイニードとは会うこともままならずにいた。

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