雨の巫女は龍王の初恋に舞う

和泉利依/ビーズログ文庫

序章


 しゃらん


 ぬばたまのかみにつけられたいくつものとうめいな石英が、彼女たちの動きに合わせてこうしつな音をひびかせる。

 重さを感じさせないかろやかな足取りでまいっているのは、美しく若いたち。

 清らかなその身をかざる色とりどりのうすころもが、ひらりふわりといてはしずむ。それはまるで、水の中をたゆたう優美な金魚を見ているかのようなげんそう的な光景だった。


 こくにおいて今年そくした若きこうていしんりゅうそうの前には、その即位を祝って六人の若いむすめたちが特別な舞を舞っていた。

 そろいのしょうに身を包む十五歳から二十三歳までの六人の娘たちは、雨ごいの舞を舞うことでこの地に雨を呼ぶことのできる『雨の巫女』だ。

 いにしえの盟約により、龍宗はこの中から必ず、皇后を選ばなければならない。

 輝加国の皇帝として即位したばかりの彼の後宮には、まだ一人のきさきもいなかった。いずれ、きゅうていかんの息のかかった妃たちがこぞって入ってくるだろう。そして以前の皇帝たちの代によくあったように、ちょうあいを得るためのみにくい争いを始めるのだ。

 そんな自分の想像にげんなりとしながら、龍宗はかんがいもなく巫女たちの舞をながめていた。


「陛下、あの手前の娘など、えがよろしくて皇后向きですぞ」

「いや、わしは向こうのきりりとした顔つきの娘が……」

「どうせならおとなしそうな娘がよいのではないですか。女は従順な方があつかいやすいですぞ」

「そうじゃのう。それなら、あの左から二番目の娘など静かそうな……」


 最初こそ、初めて見る貴重な雨の巫女の舞に感動していた大臣たちだが、だいに目つきは皇后選定のそれに変わってきていた。


(まさか、今決めろと言う気ではないだろうな)


 好き勝手にひそひそとささやきかける大臣たちの声を聞き流していた龍宗は、ふと一人の巫女に目を止めた。

 それは一番後ろにいた、線の細い少女だった。なぜか龍宗は、その娘から目がはなせなくなる。

 ゆうせんをひるがえして天をあおぐ仕草。

 小さく赤いくちびる。白いほお

 娘がくるりと回れば、絹にも似たなめらかなくろかみが後を追う。

 その髪の色と同じく大きくうるんだひとみ


「あの娘はまだ子どもなのでい色を着けているのです」


 とうとつにしゃがれた声がして、龍宗はかえる。そこにいた老人は、巫女たちの住まう里をべる長老だ。


「あの娘とは……」

「一番奥にいる娘です。一人だけえりの色がちがうので、お気になられたのではございませんか? やはり目立ちましょうか」


 言われるまで龍宗はそのことに気づかなかった。確かに彼女は、一人だけ濃い色をした衿の衣装をまとっている。

 どうやらその色が気になって彼女を見ていたと思われたらしい。

 龍宗は長老のかんちがいに話を合わせていた。


「あの娘は、なぜ一人だけ色の違う衿なのだ」

「はい、彼女は今、十五歳。十六になって成人しましたら、衿も大人と同じものになりまする」


 この国では、女性は十六から成人として認められる。十五はまだ子どものうちだ。


「ですから陛下が皇后を選ばれるのでしたら、彼女以外の五人の中から、ということになります。いずれの巫女を選ばれましても、皇后として申し分のない立派な巫女たちにございます」

「ふん……」


 長老の話を聞いている間も、龍宗の目は無意識にその娘を追っていた。理由は龍宗自身にもわからない。

 彼女のばす指先、ねる黒髪、小さなつま先。そんなものが、龍宗の視線をとらえて離さなかった。

 一通りの舞が終わると、巫女たちはその場にひれした。長老が声をかける。


「お前たち、顔をあげなさい」


 巫女たちが、ゆっくりと体を起こす。どの顔もきんちょうにこわばっていた。

 目の前にいるのは夫となるかもしれない男だが、げんそこねればこの場で手打ちになる可能性もある。きょだいな国を束ねる皇帝は、そうできるだけの権力を持っているのだ。

 緊張する巫女たちを長老がはしからしょうかいしていくが、龍宗は適当に聞いていた。


りんにございます」


 最後に名を呼ばれたのは、先ほどの一人だけ衿の色が違う娘だった。

 龍宗は、じっ、と璃鈴を見つめる。璃鈴も、そのきょうれつな視線におくさず、真正面から見つめ返した。


(何もかもが強烈な人)


 それが、璃鈴が最初に感じた龍宗の印象だ。

 この場にいる大臣や官吏をふくめた男性の中では格段に若い方だというのに、彼の風格は里の長老にまさるともおとらない。

 ただ座っているだけなのに、その姿からはあつする風のようなものすら感じる。第一、龍宗ほどにきたえ上げられたたいの持ち主を、璃鈴は見たことがなかった。


(そして、れいな人)


 龍宗の全てが、おだやかな里の中で生きてきた璃鈴が初めて目にする激しさを持っていた。

 それを璃鈴は、美しいと思った。

 その姿はまさに、古くから語られる気高く強大な力を持つだいりゅうのようだ、と。

 龍宗が立ち上がった。あたりが緊張する中、無言で背を向けて、そのままもう振り返ることなくその場を後にする。周りに座っていた大臣たちも、あわてて席を立って龍宗に続いた。


たいであった。龍宗陛下もそなたたちの舞を楽しまれたようだ。これからも国のためにくすように」


 舞の間、一言も発さず龍宗の後ろにひかえていた若い官吏はそう言うと、自分も龍宗の後を追った。

 みなが去ると、巫女たちはようやく緊張をといて深く息をき出した。けれど、璃鈴だけは固まったように座ったまま動けずにいた。


 璃鈴は、強烈な意思を持った龍宗の瞳を、いつまでも忘れることができなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る