第18話神との邂逅
転送魔法陣が発動し、白い光に包まれたK13班は確かに“塔から出た”――はずだった。
だが、次に彼らが立っていたのは、どこまでも続く純白の空間。
風も音もない。ただ柔らかく、温かな光だけが、周囲を満たしていた。
「……ここ、どこだ?」
勇征が警戒心と困惑を隠さず呟くと、どこからか声が届いた。
《おめでとう。K13班の皆さん。ここまでよく頑張りましたね》
それは男でも女でもない、年老いたとも若々しいともつかない声だった。
まるで――“全ての子を見守る”誰かのような。
次の瞬間、空間の奥から人の形をした“光”がにじむように現れる。
霞がかかったような輪郭に、温かな気配が漂っていた。
《私はこの塔の1〜5階層を預かる、下層の守り神。いわば“入門の神”のようなものです。皆さんのような若者が迷い、傷つかず、健やかに歩むために、試練を優しく設計している存在です》
「…あれで優しいんだ、ハハハ」
空気に溶けるようにいぶきのくたびれた声がそよぐ。
「……神、様……?」
璃音がぽつりと口にすると、光の存在が微かに頷く。
《この階層を越えた今、あなたたちは“塔の本質”と向き合う資格を得ました。ここで、あなたたちに神器を与えましょう》
その言葉と共に、班員たちの目前に浮かび上がったのは――木製の、小さな“賽銭箱”だった。
だが、よく見るとそれはただの箱ではない。金属と古い樹脂が融合したような素材で作られており、蓋の部分には古代文字のような印が刻まれている。
《これは“奉納の賽銭箱”です。塔で倒した魔物たちの痕跡――“象徴”や“残滓”――を捧げることで、あなた方の神との絆が強まり、権能が強化されます。肉体の器もまた、少しずつ神域へと近づいていくでしょう》
「育成システム……みたいなもん?」
いぶきが目を細めて言うと、神様は朗らかに答える。
《ええ、そう思ってもらってかまいませんよ。子どもたちは遊びと成長の中で強くなるものですから》
勇征は賽銭箱を手に取ると、唾を飲み込みながら呟いた。
「これ……中身次第で、俺の雷ももっと強くなるってこと?」
光の神が静かに微笑むと、再び足元に転送の魔法陣が浮かび上がる。
《人の子よ、われらの子らよ、もう帰りなさい。正しく大きくなりなさい。あなたたちの魂が傷つかぬように、願っています》
今度こそ、塔の外――現実へと還る時間だ。
「……それじゃ、また来ます」
勇征がそう言うと、他の三人もそれに続いて神に一礼する。
淡い光が再び彼らを包み込む。
K13班は、次なる冒険の準備を胸に、元の世界へと帰還していった――。
翌朝。夏の日差しが昇りきるよりも早く、K13班の四人は学園の教員棟にいた。
「では……K13班、塔挑戦の報告をお願いします」
教諭の一人、長身で鋭い目をした如月(きさらぎ)教諭が、端正に整った指で眼鏡を持ち上げる。
4人は順に口を開き、どこまで進んだか、何が起きたか、どんな戦いがあったかを報告した。
「……第5階層、狼型魔獣群との戦闘を経て、セーブポイントに到達。そこで帰還を選択、昨日夜に戻りました」
勇征の言葉が終わると、教諭室に静寂が落ちる。
そして――
「……5階層まで、わずか数日で?」
如月教諭が眼鏡越しに四人を見る。
その瞳に宿るのは、疑念ではない――むしろ、驚愕と、誇らしさだった。
「十年に一度、出るかどうかの到達速度です。……君たちはすでに、特待班としての資質を示している」
その評価に、勇征はニヤリと笑った。
いぶきは「やったね!」と両手を小さく挙げ、璃音は口元をそっと抑える。
一臣は静かに頷いた。
如月教諭は一拍置き、声を低くする。
「……だが、ここからが本番です。塔の第6階層以降は、導きではなく試練そのもの。挑戦者の“個”、班として“輪”のが問われる世界になる」
一同が黙って聞くなか、教諭は視線を鋭くさせた。
「もう一つ――君たちが遭遇した“氏神”について。他の生徒には一切、伝えないように。これは、神の意志です」
その理由を尋ねようとしたいぶきに、璃音がそっと目配せした。
そして教諭は言った。
「焦らせたくないのです。塔は、急げば良いというものではない。心と体が揃った時にこそ、次の階が開かれる。神はそうお考えなのだと、私は解釈しています」
一臣が静かに呟いた。「……確かに、それは真理かもしれませんね」
教諭は一度目を伏せ、深く頷いた。
「……君たちは、ここから先、多くを背負うことになる。だがその力と信頼は、確かに見え始めている。……期待してるぞ」
「はい!」
4人は一斉に返事をし、その表情には疲れよりも、確かな自信が宿っていた。
「次は、6階層……だな」
勇征が拳を握る。雷が指先に小さく弾けた。
「うおおおっしゃああ!打ち上げだあああ!!」
学園からの奨励金支給を受けた勇征の叫びが、寮の廊下に響き渡った。
「いや、ちょっと待て勇征。確かに2から5階層分で一人12万……でも、装備の更新にも回さないと」
一臣が落ち着いた声で制止する。
「う、うん。私もリストにまとめてあるから……とりあえず今は、一人五千円くらいまでのコースに抑えない?」
いぶきが笑いながらフォローする。
「でも、がんばったからちょっとくらい……!」
璃音がおそるおそる言ったその言葉に、一臣は少しだけ表情を緩めて頷いた。
「……なら、“ちょっとだけ”な」
商店街通りにあるレストラン「グリル・ツバキ」。
木造の温もりある店内は、塔挑戦者たちのちょっとした贅沢の場でもある。
4人が丸テーブルに着くと、勇征は勢いよくメニューを開いた。
「俺、ステーキ!あとチーズハンバーグと、ソーセージ盛り合わせと――」
「おい、二人分は超えてるぞ」
一臣が静かに突っ込む。
「……飲み物はハーブソーダで」
璃音がふふっと笑って注文を決める。
その横で、いぶきは「ここのキッシュ、美味しいらしいよ!」と小声で皆に共有している。
料理が運ばれてくる頃には、テーブルは湯気と香ばしい匂いに包まれ、自然と笑顔がこぼれていた。
「ほんと、みんな無事でよかったよね……」
璃音がぽつりと呟いた。
「うん。……ここまで来られたのは、連携の賜物だと思う」
いぶきが静かに応じる。
「……ま、俺が一番頑張ったけどな」
勇征の発言に、フォークを持った一臣がじっと見つめた。
「うそうそ。みんな、ありがとうな。次も、よろしく」
――テーブルに料理が並びはじめ、ひと段落ついた頃。
「それにしてもさー!」
いぶきが唐突に声を上げた。
「今回、私がいなかったら危なかったよね?アルファ個体、あれ私が一番に気付いたんだからね?」
得意げに胸を張るいぶきに、勇征がスプーンをくるくる回しながら苦笑する。
「いやいや、最初に気づいたのはすごいけど、仕留めたのは俺だからな?ほら、ビリビリッと」
彼が指先から小さく火花を散らしてみせると、璃音が「わっ」と驚いたように笑った。
「ふたりともすごいです。でも、いぶきさんが先に気づいてなかったら、囲まれて終わってましたよね」
璃音のフォローに、いぶきが照れたように頷く。
「ふふん、だよね? ま、気配察知と判断の早さは私の十八番だから」
嬉しそうにドリンクを口に含むいぶきの肩を、一臣がぽんと軽く叩く。
「確かに助かった。……だが、今度は俺が先に見つける」
一臣の無表情な宣言に、一瞬の静寂。からの、笑い。
「わ、ライバル宣言!? よーし、絶対負けないからねっ!」
帰り道。商店街の明かりが少しずつ遠ざかる。
「……塔、まだまだ昇るぞ」
勇征がポツリと呟く。
「ああ。……でも、今はまず、今日くらいは余韻を味わおう」
一臣が夜空を見上げながら答える。
塔は、黒いシルエットとして夜空に浮かび、遥かな天を目指してそびえていた。
誰もが、その先を見ていた。
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