第14話さらなる前進を
それからの二日間。K13班は、次なる連続踏破に向けて準備を進めた。
勇征は学園裏の槍道場で、突き技の間合いと踏み込みを徹底的に鍛え、
一臣は訓練棟での盾受け演習で、複数人の同時防御を想定した訓練を積んだ。
いぶきは風魔法の精度とマッピング精度を向上させるため、学内の模擬迷路で反復演習をこなし、
璃音は新たな回復術とハーブの調合を試しつつ、保存食にもなる焼き菓子を仕込んでいた。
合間には4人で集まり、地図の再確認や作戦の擦り合わせも怠らない。
あくまで穏やかに、けれど確実に、彼らの呼吸はひとつになっていった。
──そして、いよいよ3日目の朝。
「じゃ、行くか」
勇征がいつもの調子で言い、一臣が無言で頷く。
いぶきは髪をひとつ結びにし、璃音は救急ポーチをそっと胸元に収めた。
再び立つ、バベルの塔の前。
濃い朝霧のなか、塔の影がゆっくりと姿を現す。空を貫くようにそびえるその姿は、見るたびに人の心を試すかのようだった。
だが今、彼らの顔には、確かな決意が浮かんでいた。
「K13班、出発します」
一臣の一声に応じて、塔のゲートが、また静かに開き始める。
K13班がゲートを抜けた瞬間、全身を包む空気が一変した。
足元は乾いた土と柔らかい草の混在する地面。辺りには、まばらだった木々が徐々に密集し始め、陽光は枝葉の隙間を縫うように差し込んでいた。気温もわずかに下がり、空気が湿っている。
「……草原じゃない。林だね」
いぶきが呟くように言った。風の流れが複雑に入り組んでおり、持ってきたマッピング用の風感石が正確な反応を示さない。
「これは……風、乱れてるな。吹き戻しも強いし、上空の枝が複雑で、気流が乱反射してる……」
いぶきは何度か道具を振るい、地図用のルーン板に風紋を描こうとするが、結果は曖昧だ。思わず眉間に皺を寄せる。
「つまり、マッピングが難しいってことか」
一臣が短くまとめると、いぶきが小さく頷く。
「うん。見通しも悪いし、慎重にいかないと……」
その言葉が終わるより早く――
「だったら先に敵探して潰した方が楽だろ!」
勇征が突如、茂みの向こうへと駆け出した。
「勇征、待て!」
一臣の声が飛び、盾を構えながら追うように足を踏み出す。いぶきは慌てて風で枝を払い、前方の視界を広げた。
「どこ行くのもう……! 見通し悪いのに突っ込んだら危ないって……」
森は草原とは違う。獣道は入り組み、木々は音を吸い込み、獣の気配はどこまでも隠れる。慎重を重ねて進まなければ、敵がどこに潜んでいるかわからない。
「……何かいる」
璃音がぽつりと呟いた。林の奥、朽ちた倒木の影に、まるで木の皮のように擬態した何かが見えた。
「……ウサギ、じゃない……?」
見えたのは、耳の短い奇妙な生物。体表は木目模様で、まるで木屑の塊。いぶきが風の力で枝葉を散らすと、その“何か”は一瞬にして跳躍した。
木皮に擬態していたウサギ型の魔獣が、低く、唸るような音を立てながら地を蹴った。
その直後、もう一体が反対側の木陰から飛び出す。
「左右から来る! 一臣、前!」
いぶきが叫び、風を巻き起こして跳躍するウサギの視界を攪乱する。強風に煽られて一瞬バランスを崩す敵――そこに、一臣が素早く盾を構えた。
「……来い」
鈍く重い音と共に、片方のウサギがタワーシールドに激突し、後方へ跳ね返された。
その隙にもう一体が跳びかかる。しかし――
「こっちは俺だ!」
勇征が真横から疾駆し、肩越しに槍を突き出した。勢いそのままに、獣の腹を貫く。
「はっ、軽い軽い! 次行くぞ!」
だが、その瞬間――森の上方から、バサリ、と羽ばたく音。
いぶきがはっと顔を上げた。
「上! 音に反応して……来るっ!」
梟型の魔獣が、枝の上から滑空するように舞い降り、勇征に向けて鋭い爪を伸ばす。
視界の端で、一臣が咄嗟に動く。
盾を横から滑らせて軌道を変え、勇征をかばうように前に出た。
ギィン、と金属を引っかく音。
フクロウの爪が盾を裂こうとするが、一臣は微動だにしない。
「璃音、援護を」
「は、はい!」
璃音が控えめに杖を掲げ、回復の光を一臣に届ける。まだ傷はないが、集中を維持させるための支援だ。
その間に、いぶきが風の魔法でフクロウの羽を煽る。揺れた体勢を見逃さず、勇征が再び突進。
「飛んでても関係ねぇんだよ!」
振りかぶった槍が、風で浮かび上がった梟の胴体を貫き、地面に叩き落とした。
数秒の静寂。
木々がざわめく中、勇征が肩で息をしながら槍を引き抜く。
「ふぅ……よし、3体、全部倒したな?」
「油断は禁物。けど……今のが最後みたいね」
いぶきが風の流れから気配を探る。もう敵は感じられなかった。
「うまく連携できたね」
璃音が柔らかく微笑む。勇征が嬉しそうに頷き、一臣は静かに周囲を確認し続けていた。
「まだまだ先は長いが……悪くない初戦だった」
K13班の第二階層。森の洗礼を乗り越え、彼らはさらに先へと足を踏み出していく。
「右の茂み、動いたかも」
いぶきの声に、勇征が槍を構えつつ身を低くする。隊列の先頭を歩く彼の動きに合わせ、一臣がぴたりと盾を構え、すぐ後ろの璃音も緊張を走らせる。
「……気配、遠ざかりました。いまのは動物、かな?」
璃音がそっと目を伏せて耳を澄ます。森の風、枝葉の揺れ、小動物の走る気配――それらの中に、明らかに違う"重さ"が混ざっていた。
「……あ、今のは……!」
璃音の顔色がわずかに変わる。
「……来ます、大きい……前です」
一言の警告と同時に、森を切り裂くように姿を現したのは、2メートルを越える巨体の角を持つ鹿――だがその動きは獣のそれではなく、鋭く、迷いがない。
「やる気か――!」
勇征が咄嗟に槍を突き出すが、角鹿は巧みにその軌道を外し、逆に体当たりで弾き飛ばす勢いで迫る。
「ッ、勇征!」
一臣が素早く前へ躍り出る。盾を両手で固定し、全身を縮めてその巨体を受け止めた。
「うおおおお……!」
盾にぶつかった角鹿の衝撃で地面が沈む。しかし、一臣の足は微動だにせず、まるで塔の一部のように立っていた。
「今よ! いぶき、風を!」
「わかってるっ!」
角鹿の視界を奪うように、いぶきが横から風の矢を吹きつける。枝葉が巻き上がり、鹿が顔を背けた隙――
「今度こそっ!」
勇征が一気に横へ回りこみ、脚の腱を狙って槍を突き込んだ。
「っしゃあ!」
鹿の動きが鈍り、一臣がすかさず盾で体を押し戻す。倒れ込んだ巨体に、最後はいぶきの魔法が追い風となって、勇征の一撃が決まった。
ドサッ、と重たい音が森に響いた。
「……やった……倒した……!」
「すごい……ほんとに……倒せたんだね」
璃音の目が輝く。彼女はすぐに全員の軽傷を確認し、優しく手当てを始めた。
「ありがとう、璃音。助かった」
一臣が静かに礼を言い、いぶきが汗をぬぐいながら笑う。
「勇征、突っ込みすぎ! もうちょっと周り見てよ!」
「悪ぃ。でも、ああいうの見るとさ、血が騒ぐっていうか……」
「騒ぎすぎなんだっての……」
呆れ気味に言いながらも、一臣は微笑みを浮かべる。全員が無事、しかも手応えのある勝利だった。
森の奥、わずかに開けた小道の先に、石造りの階段が顔を覗かせていた。
「……階段だ。次の層へ行けるみたいだね」
「その前に、一度休憩しよう」
一臣の提案で、簡易の腰掛けを作り、班員たちは短い時間の中で体力を整える。
「璃音、時間ってわかる?」
「えっと、もう……14時過ぎです。今日のうちに、あと1層は登れますね」
「体力も気力もギリ……ってとこかな」
いぶきが小さく息を吐き、勇征が立ち上がる。
「なら行こうぜ。行けるとこまで行って、あとは帰ればいい」
「うん、2層まででこれなら……まだまだいけるよ!」
階段を前に、互いの顔を見合わせる4人。その視線には、疲労よりも高揚が浮かんでいた。
目標は5層。8月末の10層突破――その快挙に、確かな第一歩を刻んだ実感と共に、彼らは次の階層へと足を踏み入れていく。
第3層
「……ここ、空気が変わってる」
いぶきがぽつりとつぶやいた通り、階層に入った途端、木々のざわめきでどこに敵が潜んでいるかわからない迷路の林道の様だった。
「こっからは本格的な迷路ってわけか」
勇征が肩に槍を担ぎ、分岐の多さに顔をしかめる。
「気をつけて。ここは1歩間違うとループに嵌まるかも」
いぶきが小型の魔具端末を取り出し、林道に沿って魔法的な方位情報を記録し始めた。
「わたし、花を咲かせておきますね」
璃音が微笑んで、手のひらを差し出す。小さな芽がふくらみ、壁際に色とりどりの可憐な花がぽつぽつと咲いていく。
「わあ……これ、道しるべになるんだ」
「香りもちょっと変えてあります。こっちがジャスミン、こっちは薄荷……って感じで」
「璃音、やる〜! すっごく助かる!」
いぶきが感心して笑う。マッピングと花の目印――2人の連携で道順が明確になっていく。
「勇征、行き止まりの方は一旦無視でお願い」
「おう。目についた分岐は全部潰すってのはナシか」
「今は効率重視ね。たぶん、この階の中央に敵がいるはず……」
その言葉を言い終える前に、壁の向こうでガサッと音がした。
「っ……敵ッ!」
いぶきが声を上げた次の瞬間、狭い獣道に木皮ウサギが3体飛び出してくる。まるで木の模様に溶け込むような体色、不意打ちには十分な隠蔽性だった。
「璃音、下がれ! 俺が――」
「平気です、そっちをお願いします!」
前に出たのは勇征。一体を蹴り飛ばしつつ、素早く一臣が盾で通路を封じる。
後方のいぶきが風の刃を放ち、狭い空間を駆け抜けてウサギを斬り裂いた。
残る一体も、璃音の花から放たれる微かな香りに惑わされたのか、位置取りを誤った瞬間――
「そこっ!」
勇征の槍が突き刺さり、三体すべてが制圧された。
「ふぅ……狭いと動きにくいな、ここ」
「逆に、盾が頼もしくなるね」
「ありがとな、一臣」
「それより、すごいよ璃音の花。動物の嗅覚まで惑わせられるなんて……」
「ふふ、少しだけですが工夫してます。皆さんのお役に立てたなら、よかったです」
「いぶきのマッピングも順調。次の分岐で中央に出る道があるかも」
彼らは、疲れた表情を見せることもなく、慎重に、だが確かな足取りで次の分岐へと進んでいった――。
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