第29話 解錠師一行のとある日常。


 ガレス達の一件から二ヶ月後。


 俺たちは駆け出しの冒険者パーティ、【一騎当千シュテルクスト】として、そこそこの結果を残せるようになっていた。

 

 日頃からクエストに出ているのもそうだけど、俺の場合、封印されている力を少しずつ引き出す修行を行なっている。


 そのおかげか、今ではどんなモンスターが出ても対応できるようになっていた。


 ギルドマスターのクロエさんから聞いた話だけど、どうやら俺はすでに「Aランク冒険者」とおなじ実力を持っているのだとか。

 

 流石にそれは言い過ぎだと思うけど、褒められて嬉しくないヤツなんていない。


「──はい、今日のクエスト『ダンジョン内で巣を作っていたハイオークの群れ討伐』完了ですね! こちら報酬金の500000Gです! お疲れ様でした!」

 

「ありがとう、アルカ」

 

 そんなことを考えながら、アルカから今日のクエストの報酬金をもらう。

 50万G。これまで受けてきたクエストの中でも一番大きい報酬金だ。

 

 正直、修行を重ねるごとにクエストの難易度が下がっている──実際には上がっているけど、俺自身が強くなりすぎてそう感じるだけ──ので、「こんな大金もらってもいいのか?」という疑問が浮かぶ。


「? どうしたのじゃロックよ。浮かない顔をして」


 そんな俺に対し、アイザが不思議そうに声をかけてくる。


「いや、こんな大金もらったの初めてだからさ。いいのかなって思ってたんだ」

 

「そんなのいいに決まっておるじゃろう。なぁアルカ」

 

「はいっ! ロックさんたちのおかげで、誰も受けてこなかった難易度の高いクエストを片付けてくれて助かってます! いつもありがとうございます♪」


 パァっという音が聞こえそうな、晴れやかな笑顔を浮かべるアルカ。


 難易度の高いクエストは王都などの冒険者の多いギルドにしかないと思っていたけど、そんなことはない。


 王都から離れたこの街では、高ランクの冒険者がほとんどいないから、ランクの高いクエストは誰も手をつけないのだ。


 ランクの高さ──それはすなわち、「モンスターの強さ」に比例する。

 

 討伐されず、決まった場所に巣を作ったり繁殖したりすると、その周辺のモンスターを討伐することができずにクエストがとどこおる。そうなると必然的に冒険者たちにも影響が出てしまう。

 

 なので定期的に、王都に高ランクの冒険者を派遣して片付けてもらっていたそうなのだが……高ランクの冒険者を雇うとなると、それなりのお金がかかる。


 それこそ、今日もらった報酬金に加えてさらに倍の額を払うこともあるのだとか。


「ロックさんたちのおかげで、『今日はクエストに行けなかった〜』みたいな冒険者の声も聞かなくなりましたし! ね〜皆さん!」

 

 酒場側にいる飲んだくれ冒険者たちに、アルカは元気よく声をかける。

 

「おうよ、アルカちゃん!」

 

「ロックやアイナちゃんのおかけで、こうして俺たちは酒が飲めるってもんだ!」

 

「イヤでもクエストに行かなくちゃならねぇからな!」

 

「皆さんもロックさんみたいに、高ランククエストを受けてくれたらいいんですけどね〜」

 

「おいおい、無茶言うなよアルカちゃん!」

 

「俺らみたいな低ランク冒険者にゃ無理だよ!」


 ガハハハハ、と快活な声が響く。

 前にアイザが言ってたけど、やっぱりここのギルドは「雰囲気」がいい。

 

 前に俺が所属していた冒険者ギルド『正義の剣ジャッジライト』も空気は悪くなかったけど、いつも「〇〇が邪魔だ」とか「アイツさえいなければもっと高いランクに!」とか。

 

 そういう「相手を蹴落としてでも上のランクを目指す」ってヤツが多かった。


 冒険者である以上、ランクが高ければ高いほど良いクエストは受けられるしその分の報酬額もあがる。だからその考え方自体は間違ってないんだけど、実際にそれで暴力沙汰になったり、事件が起きたりしていた。

 

 冒険者には基本的に攻撃的な人が多いからな。けどここは上昇志向は薄いものの殺伐とした雰囲気はない。


 長いあいだそういう空気感の中にいたからか、今はこのギルドの雰囲気がとても落ち着く。

 

「さて、ロックよ。クエストも終わって金ももらったのじゃ。さっそく飯を食いに行くぞ、飯!!」

 

 ワイワイと騒いでいる冒険者やアルカたちを見ながら物思いにふける俺。そんな俺にお構いなしに服の裾を引っ張ってくるアイザ。

 

 ここ最近は人に合わせられるようにと大人しくなった印象だったが、食い意地だけは変わらないみたいだ。


「そうだね。そろそろ行こうか。……っと、その前に」


 俺はあることを思い出して、アルカに尋ねる。すると彼女は「こちらへ」と行ってカウンターの奥に通してくれた。


「そういえば、クロエさんにお願いしてたんだった」

 

「おお、そうじゃったな。ちゃんと大人しくしてたじゃろうか」 


 そんな会話をしながら、クロエさんのいる部屋に向かう。

 

 扉をノックして入ると、机に向かって、必死な顔で文字を書いているペロコと、疲れ気味のクロエさんの姿があった。

 

「お疲れ様です、クロエさん」

 

「……クエストは終わったみたいね」

 

 俺たちに気付いて、クロエさんは集中するペロコの肩を叩く。

 

 するとペロコは、親でも見つけたような顔で、

 「ごしゅじん! あいさ!」と

 

「ペロコ、ちゃんと大人しく勉強できたか?」

 

「あいっ! ぺろこ、べんきょう、した!」

 

「そうかそうか〜! お〜よしよし!」

 

「くうぅぅん♪」


 頭を差し出すように向けてきたので、いつものノリで撫で回す。

 

「はぁ……まったく。まさか子供に読み書きの勉強を教える羽目になるなんて思ってもみなかったわよ」


 言いながら、肩や首をぐるぐると回すクロエさん。


 ペロコは、今でこそ美少女の姿をしているがもとはモンスターだ。言語がわからず俺たちが何を言っても伝わらなかったのだ。


 このままではダメだとペロコに言葉や読み書きを教えようと考えたのだが、そもそも識字率の低い現代で「先生」をしてくれる人は少ない。

 

 どうしようかとアルカに相談したところ、「うちのギルドマスターに頼めばいいんじゃないですか?」と言われたので、そのまま打診。


 断られるかと思ったのだが、クロエさんは「教える程度なら」と軽く許諾してくれた。どうやら「名前を書いたりする程度でしょ?」と軽く考えてたらしいのだが……。


「まさか『喋れない』とは思わなかったわ……。一応言葉は教えてあげたけどさ」

 

 ため息をつきながらクロエさんは呟いた。

 元はモンスターなんで……とは言えないので、俺とアイザは頭を下げて感謝の言葉を述べた。


 クロエさんへの報酬については、「日頃の高ランククエストクリアで助かってるからいいわよ」とのことだった。

 良い人だとは思っていたけど、懐も相当に深い。


 それから俺たちは、再度クロエさんに感謝の言葉を残してギルドを後にした。

 

 この街を拠点にしている俺たちは、報酬金のおかげで家を借りることができたので、前みたく宿での仮住まいは卒業済みだ。


 帰れる家があることの安心感。俺はそれを噛み締めながら、二階建ての家の扉を開く。


 すると玄関口に、四つん這いになっているエリスがいた。

 

「あぁっ♡ お帰りなさいませロック様♡ 今日もクエストお疲れ様です♪ さぁ、わたくしという椅子にお座りくださ──いたぁいっ!?」

 

 ハァハァと息遣いを荒くするエリスの尻を蹴り飛ばすアイザ。毎度のことながら容赦がないな。


「じゃからお主はッ! 良い加減に国へ帰れ!! いつまで我たちの家におるつもりじゃ!?」

 

「ちょっと、そんなつれないこと言わないでくださいまし! わたくしだってちゃんと一騎当千シュテルクストのメンバーですわよ! ギルドカードにだってそう書いてるんですから!」

 

 言いながら、ギルドカードを突きつけてくるエリス。


 近くに置いていた方が安心だ──ということで、仕方なく同じギルドに入れることにしたんだけど、技があまりにも派手&高火力すぎて、メンバーとして非常に使いづらかった。なので今では家の家事を任せるようにしている。


 これは素直にやってくれるので助かっているんだけど、帰ってくるたびにコレなので気疲れするのも確かだ。いやもう慣れたんだけどね。


「まったく、アイザは乱暴すぎてイヤになりますわ! それに比べてロック様は……ああっ! その冷めた目つきも素敵ですわ〜♡ ロックさま、是非とももう一度わたくしを言葉責めしてくださいまし♡」

 

「死ねッ!!」

 

「アナタに言ってませんけど!? アナタが死になさいなこの黒トカゲ!!」

 

「あぁ!? なんじゃとこのふしだらヘンタイ騎士!!」


「……ペロコ、先に飯食いに行こうか」

 

「あいっ! ごしゅじん!」

 

 二人を玄関に放置して、俺とペロコは露店の並ぶ広場へと向かう。なんだかんだで騒がしい毎日だけど……俺はこの生活をとても気に入っていた。


 こんな日が、いつまでも続くといいな。


 

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