第12話:セントラルからの侵入者

エデン中枢管理棟・上層セクター。

人工光が差し込む空間に、クラリッサのホログラムが投影された。


「……で、話ってなんだ?」

カイは、仕事の手を止めずに問う。

クラリッサは数秒の沈黙の後、表情を曇らせることなく告げた。


「技術支援班に所属しているエランに関して、報告すべき事項があります」


「……彼がどうかしたか?」

わずかに眉を動かすカイ。

クラリッサは淡々と続けた。


「昨日、都市内部の通信ログに不審な暗号パケットが検出されました。出処は、通信室区画、解析の結果――セントラル軍属が使用している暗号構造に酷似しています」


カイの指が止まる。


「つまり、彼が送り込まれた可能性があると?」


「現時点での確証はありません。ただし、証拠は増えています。

呼吸パターン、自己紹介時の反応、作業中の副プログラム発動――

そして……私の警告表示に対する即時遮断行動」


クラリッサは、数枚の映像ログをホログラムに重ねて表示した。

そこには、淡々と業務をこなすエランの姿、

そして深夜、密かに通信端末を操作する影が記録されていた。


「これは確かに……」


「過不足のない言葉と行動。だからこそ、誰も疑っていない。

ですが私は、完璧さの中にある人間らしさの不在に、警鐘を鳴らしています」


カイは沈黙する。


「対処はどうする?」

その問いに、クラリッサはわずかに投影を縮小し、慎重に答えた。


「拘束することも可能ですが、彼は単独ではないと見ています。

本命は、これから入ってくる別の誰か――彼は道を開く者です。

今、彼を動かせば、第二段階の作戦を察知される危険があります」


カイは、机に肘をついて考え込んだ。


「つまり、泳がせる……か」


「はい。危険ではありますが、次を引き込ませることで、より本質的な対処が可能になります」


「……了解した。監視と記録を続けてくれ。誰も気づかないように。

そして――お前も絶対に一人で対処しようとするな。必ず俺に報告を」


クラリッサのホログラムが、一瞬だけ柔らかく光った。


「はい、カイ。……この都市は、私たちの居場所です。絶対に守ります」


「俺もだ。――この街の未来に、裏切りは要らない」


カイの視線の先には、まだ何も知らずに働くエランの姿が、遠くモニターに映っていた。


数日後、エデン南門。


審査ゲートに、背筋の伸びた一人の女性が立っていた。

控えめながらも凛とした立ち姿。

名は――レイナ。、新規技術協力者。


「身元、確認しました。通信システムおよび支援AIの設計経験者――ようこそ、エデンへ」

門兵が敬礼する。


「ありがとうございます。新しい土地に来るのは、少し緊張しますけど……楽しみでもあります」


笑みを浮かべたその表情は自然で、過剰でも足りなくもなかった。

すべてが完璧な初対面だった。

だが彼女の瞳の奥には――任務という名の光が潜んでいた。



――夜のエデン。中央施設区画の管理用地下通路。

無人時間帯にしか開かれないルートの先で、レイナは静かに立っていた。


暗がりの中、影が一つ現れる。

整備士用の作業服に身を包んだ男――エランだった。

彼はレイナの顔を見て、一度だけ軽くうなずく。


「変わってないな」


「変わったわよ。演技が板についた。あんたも同じでしょ、エラン」


微かな皮肉を交えた言葉にも、エランは動じない。


「状況の確認を済ませよう。潜入経路は問題なかったか?」


「問題なし。歓迎されて、主任推薦の技師になったわ。……気分が悪くなるくらい、理想的な都市」


「カイとの接触は?」


「完了済み。初期印象は良好」


エランは手早く端末を操作し、セキュリティバリアを張った上で言った。


「任務内容の再確認だ。

第一段階、中枢通信制御への裏ルート確保。

第二段階、中枢AIの干渉範囲を制限し、クラリッサを分断する。

第三段階――破壊ではなく、掌握。エデンを機能ごと奪う。わかったな?」


「ええ。……わかってるわよ、そんなことくらい」


レイナの声に、少しだけ棘が混じる。

エランはその空気を感じ取りながらも、問いかける。


「……迷ってるのか?」


しばしの沈黙ののち、レイナは口を開く。


「私だって、正義のふりをして生きてきたわけじゃない。

でもね――あの男の目を見て、思い出したのよ。

私たちもかつて、ああいう目をしてたってこと」


「……お前も、施設育ちだったな」


「ええ。レイモンドに拾われたの。

優秀な道具なら飼ってやるって、言われたの。

だから従ってる。――従うしか、生きる術がないから」


声には、怒りでも悲しみでもない、諦めが滲んでいた。

エランはただ静かにうなずいた。


「同じだよ。俺も、お前も自由を持ってない。だから任務を遂行する」


レイナは俯き、指先で髪を払う。


「わかってる。でも……」


ほんの一瞬、カイの横顔が、脳裏に浮かんだ。

彼の目。彼の信念。

それが、レイナの中で小さな亀裂を生み始めていた。


「私たち、どうなるのかな。最後まで命令に従って……それで何が残るんだろうね」


その言葉に、エランは何も返さなかった。

ただ、任務の続行を意味する沈黙だけが、その場を支配していた。




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