1.酒場での悶着。





「よっしゃー! これでもう、あんな辛気臭い場所にいなくて済むぜ!!」




 ――夜の王都ガリアに、シオンの喜びの叫びが響いた。

 青年は闇の中に紛れないその衣装のまま、人々の視線を一身に集めながら歩いていく。帰る場所をなくした、というのにもかかわらず、呑気なのか大物なのか分からない青年であった。



「さて、と。それでは、祝杯といきますか!」



 そんな彼が向かったのは、一軒の酒場。

 夜遅くまで開いているそこでは、冒険者と呼ばれる稼業の男たちが大騒ぎしていた。根っからの派手好きで、賑やかな場所を好むシオンにはお似合いだろう。

 そういったわけで、彼は自由となった祝いにそこへ足を踏み入れた。



「オッサン! とりあえず、生一つ!」

「あいよ!」



 ちょうど空いている席に腰かけ、店員にエールを注文する。

 すると店員の男性から小気味の良い返事があって、すぐに目の前にグラスがドンと置かれた。シオンは歓喜から、ややだらしなく頬を緩ませつつ、それに――。



「おいコラ、ふざけんなよ。……拾ってやった恩を忘れたか?」

「す、すみません……!」



 手を伸ばした時だった。

 酒場の喧騒の中でも、不思議と通る声でそう聞こえたのは。シオンが眉をひそめて声の出処を探ると、そこには一人の少年、そして数名の屈強な男たちがいた。

 どうやら、何か揉め事のようだ。



「次こそは、きっとお役に立ちます! だから、その――」

「バーカ! 使えない魔法使いに、払う金なんかねぇよ!」

「そんな……! 約束が違います!」

「うるせぇな、ガキが……!」



 そんなやり取りがあってから、最も体格の良い男性が腰を上げる。

 そして、いよいよ少年に向かって拳を振り下ろし――。



「おっと、いけねぇな。……これはちょっと、粋じゃない」

「なんだァ? てめぇ」



 少年の顔を殴り飛ばさんとした瞬間だった。

 シオンがそれに割って入り、涼しい顔で男の拳を止めてみせたのは。



「いやいや、悪いね。こちとら今から祝杯でさ」

「あ……? だから何だよ」

「分からない? こっちの気持ちが冷めるんだよ、屑がいると」

「な、てめぇ――!」



 そして、やや怒りの孕んだ声色でそう相手に告げた。

 見ず知らずの相手から『屑』呼ばわりされた男たちは、一気に色めき立ち始める。しかし多勢に無勢ながらも、青年は表情を崩さずに言った。



「そもそも、どうなんだ? こんな小さな子供相手に、大人が大勢でさ」

「てめぇには関係ないだろうが! そいつは、オレらのメンバーだ!」

「使えない役立たずに何しようと、オレらの勝手だろ!!」



 すると彼らは口々に、シオンに向けて唾を飛ばす。

 青年はそんな男たちに向かって、軽蔑を隠さずにこう返した。



「勝手じゃねぇさ。子供の未来、預かってんだろ? この子を仲間にする時、普通ならそれくらいの覚悟はするはずさ。それができてねぇ、って言うなら――」



 その鋭い眼差しに、いつにない力を込めて。



「アンタら、相当にどうしようもねぇ甲斐性なしだ」――と。



 明らかな敵意を向け、そう言い放ったのだ。

 するとさすがに、周囲の酒飲みたちも異様な空気に気付いたらしい。何事かと食事の手を止め、シオンたちの周りに集まってきた。

 それを認めてから、リーダーらしき男は――。



「それは、オレらに喧嘩売ってると考えて良いんだよな?」



 ひときわ低い声で、そう告げた。

 すると、それを耳にしたシオンは肩を竦めて言う。



「酔っ払いの相手をする気はなかったけど、売られた喧嘩は買う主義でね。もし死んでも構わない、って言うなら――」



 口角を吊り上げ、不気味な声色で。



「かかってきなよ、オッサン共」――と。









「あ、あの! ありがとうございました!!」

「あー、気にすんなって。ああいった手合いがいると、美味く呑めねぇんだ」



 ひと悶着あってから、数刻後。

 シオンは傷一つない綺麗な顔のまま、もう何杯目か分からないエールを煽っていた。隣には先ほど助けた少年の姿があり、一方あの男たちは――。



「それでも、あんな大勢を一人でなんて! 凄いです!!」



 現在、酒場の外で完全に気を失っていた。

 シオンが本気を出すまでもなく、彼らは各々一撃でその意識を刈り取られたのだ。そして青年は、まるで何もなかったかのように祝杯を再開。

 そんな姿に、少年は目を輝かせていた。



「だから、たいしたことない、っての。……あぁ、そういや――」



 あまりの羨望に、シオンは少しだけ困ったように笑う。

 そして今になってようやく、自分の助けた少年の姿を確かめた。



「お前、なんて名前?」

「あ、はい! 僕、リンっていいます!」



 少年は名を訊ねられ、元気いっぱいにそう答える。

 幼い顔立ちに、やや跳ねのある青い髪。円らな瞳の色は左右で異なる珍しいオッドアイで、赤と金の色を放っていた。背丈はシオンの胸までもないだろう。そんな小柄な身体に、オーバーサイズのローブを羽織っていた。

 魔法使いと言っていたので、相応しい出で立ちではある。



「そっか、それなら……リン」

「は、はい!!」




 そんなリンに、青年は声のトーンを抑えて。

 真剣な眼差しを向けながら、言った。



「悪いけど、ちょっとだけ……金、貸してくれ。注文しすぎた」





 

――

だ、だせぇ……!!



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