◾️第9話『サンデュオラ神殿』

門を抜けると、そこに見えたのは――不思議な光景だった。


砂漠の灼熱が嘘のように引き、空気はひんやりと冷たい。

かすかな水音が耳をかすめ、足元の石畳は薄く濡れて光っている。


「……これ、地下じゃないよな?」

俺がそう呟くと、泉も周囲を見回してから小さく頷く。


「うん、でもなんか……水の中にいるみたい。空気が重い」


光のないはずの空間なのに、壁や天井には淡い青い光がゆらめき、まるで水面の反射のように揺れている。

天井は高く、ところどころ崩れたアーチが古代神殿の名残を伝えていた。


「へえ……この感じ、ただの遺跡じゃねぇな。この魔力、感じねーか?」

ぷーちゃんがぐにゃっと身体を震わせ、床を這う水たまりに触れる。


「水が生きてる……? いや、これは――“記憶”だな」


「記憶?」


「この神殿、きっと“見た者の記憶”を映してくるぜ。気ィ抜くなよ」


そう言ったぷーちゃんの顔(?)が、なぜかいつもより真剣だった。


俺たちはゆっくりと、神殿の奥へと足を踏み出す。


そして――最初の扉の前に立った時。


「……あれ?」


泉が、ふと何かに目を奪われたように立ち止まる。

その視線の先には、壁に浮かび上がる水の反射の中に……少女の姿が映っていた。


それは、泉自身だった。


けれど、今の彼女ではない。

もっと幼く、上を向き声を上げる。


《お母さん、あれ買ってよ、みんな持ってるんだよ!》


「……やだ、これ……私の……」


次の瞬間、扉がひとりでに軋みを立てて開き、冷たい風が吹き抜けた。


「これから先、見るものは現実とは限らねえ。オレ様を信じて行動しろよ、バディども」


“記憶の迷宮”――サンデュオラ神殿の試練が、今始まる。


扉の軋む音が止むと、目の前に広がったのは、まるで水晶の洞窟のような空間だった。


天井から滴る水滴が、床の浅い水たまりにポタポタと落ち、波紋が青い光を反射する。壁には無数の鏡が嵌め込まれ、俺たちの姿を歪んだ角度で映し出す。


「うわ……これ、全部鏡? めっちゃキレイだけど、なんかゾワゾワする……」


泉が鏡に映る自分を見つめ、身震いする。


「ふむ……こりゃ『鏡の間』に近づいてる証拠だな。だがよ、この鏡、ただのガラスじゃねえぞ」


ぷーちゃんが鏡の前に跳び、鼻をクンクンさせる。


「どういうこと?」


俺が剣を握りながら聞くと、ぷーちゃんが真剣な声で答える。


「この鏡、記憶を映す。さっきの泉のガキの頃みたいにな。気を抜くと、心を吸い取られるぜ」


「心を……吸い取られる?」


泉が不安そうに呟き、鏡から目をそらす。

その時、鏡の一つに、別の光景が映った。

今度は俺だ。


――薄暗い部屋。机に突っ伏して、キーボードを叩く俺。目の前には、モニターに映るゲームのログイン画面。


《ようこそ、プロトコル:シンドラーズ旅人情報局へ! プレイヤー名を入力してください》


「……な、なんだこれ!? プレイヤー名?俺の……現実の!?」


頭がガンガンする。ゲームの世界に入る前の記憶なんて、ほとんど思い出せないのに、なんでこんなのが映るんだ?


「光さん! 大丈夫!?」


泉が俺の腕を掴む。その手が、妙に冷たくて、俺を現実に引き戻す。


「くそっ……ぷーちゃん、こいつ、ほんとに記憶を弄ってくるな!」


「ふっ、だから言ったろ。オレ様を信じろ! この迷宮、記憶を試す試練だ。ミラの剣はここにあるが、辿り着くには自分自身と向き合うしかねえ!」


ぷーちゃんの言葉に、俺はゴクリと唾を飲む。

ミラの剣――鞘にライオンの紋章がある「異端の象徴」。それがこの神殿の奥、「鏡の間」に眠ってる。でも、この鏡が俺たちの過去を暴くなら……俺たちの「本当の名前」も、明らかになるのか?


「行くぞ、泉、ぷーちゃん。どんな記憶が出てきても、ミラの剣を掴む!」


「うん! ミラちゃんの笑顔のためだもん!」


泉が拳を握り、笑顔を取り戻す。


「ふはは! さすがオレ様のバディ! なら、行くぜ!」


ぷーちゃんがピョンと跳び、鏡の間の通路を進む。


だが、次の瞬間――


シャーッ!

通路の奥から、蛇の群れが這い出てきた。赤い目がギラギラ光り、鏡の反射で無数に増えたように見える。


「またローザリヌの蛇かよ! しつこいな!」


「光さん、気をつけて! さっきみたいに、目を見ないで!」


泉が叫び、掌に水の魔力を集める。

「アクア・エンブレイス!」


水の奔流が蛇の一匹を吹き飛ばす。だが、別の蛇が鏡の間をスルスルと移動し、泉の背後に迫る。


「泉、危ない!」

俺は剣を振り、蛇の尾を斬りつける。だが、蛇の目が俺を見据えた瞬間――脳内に、奇妙な声が響いた。


《お前は……誰だ?》


「うっ……!?」


視界がぐにゃりと歪む。


《覚えていないのか? お前は西園寺財閥の御曹司、西園寺光だろ。

早く家に帰らないと、百人の召使いたちが心配しているぞ》


――豪奢なソファ。天井には金のシャンデリア。


ステンドグラス越しの陽光が、床に七色の光を落とす。


「……なんだ、ここは……?」


見たことがないはずなのに、懐かしい。

心の奥を、冷たい針で刺すような痛みが走る。


煌びやかな衣装を纏った父と思われる人が、上座に座った10mもの長さのダイニングテーブルには高級な食材ばかりを集めた豪華絢爛なディナーが並んでいる。


俺の席に座るものはなく、それでも、椅子の前には豪華な食事が用意されている。静かな食事。ゴージャスなドレス姿の優しそうな母が、寂しそうに「光、どこに行ったの……」と涙ぐむと、若く美しいメイドたちがその肩を撫で、涙ながらに励ます。みんな俺の帰りを待ち侘びているようだ。


「俺が……御曹司……?」


《そうだ。剣術も、学問も、すべては父君が望んだ通りに育った結果だ。

お前は勇者などではない。戦う必要もない。

お前の人生は、生まれながらに保証されているのだ――西園寺一族にな》


「それって……本当……なのか……? 俺は……」


脳裏に、あのモニターの画面がチラつく。


《Welcome to “Protocol: Schindlers 旅人情報局”――プレイヤー名を入力してください》


「……西園寺光? それとも……」


混濁した意識の中で、自分が誰だったかすら怪しくなっていく――


「やめろ!光!騙されるな!!」


「光さん! しっかりして!!」


その声に引き戻された。泉の水魔法が蛇の目を打ち濡らし、幻像を一瞬だけ断ち切る。

彼女の手が、現実の俺の腕をしっかりと掴んでいた。


「っ……!」


泉の掌が冷たい。だが、その冷たさが確かな現実だと告げてくる。


「ありがとう、泉……助かった」


泉はにっと笑い、すぐに次の呪文を詠唱する。


「ぷーちゃん、お願いっ!」


ビシュ!!


「ふははは! オレ様の出番だ! 見せてやるぜ――

ブチポセイドン・ネプネプ、発動!!」


ぷーちゃんが水の渦をまとい、巨大スライムに変身。トライデントを振り、蛇の群れに水牢を展開する。


「ナイス、ぷーちゃん! 俺も行くぜ――爆熱断!」


俺は剣に炎を宿し、大蛇の首を狙う。刃が鱗を焼き、蛇がのたうち回る。


「とどめよ!!ウィンドカッター!!」


泉の風魔法が大蛇に点火した炎を大きく燃え広がらせると、僅か数秒のうちに大蛇は塵と化した。



だが、鏡の奥から、さらに不気味な気配が迫る。


数名の黒いローブの影が、砂の刃を手に現れる。


「その剣は……我々のものだ。渡せ」


冷たい声が、鏡の間に響く。


「剣はまだ手に入れてねえよ! ミラのものだろ!」


俺は叫び返すが、影の目は、まるでローザリヌの蛇のよう。


「光さん、なんか……この人たち、剣のこと知ってるみたい……」


泉が呟き、ぷーちゃんが「むむっ!」と唸る。

「こいつら、ミラの剣を狙う《砂の処刑人》だな。だがよ、なんか変だ。アイツらの目……蛇と一緒でローザリヌと繋がってる気がするぜ」


――目指すは鏡の間


だが、記憶の迷宮と《砂の処刑人》の刃が、俺たちの行く手を阻む。

ミラの剣の真実、そして俺たちの過去は、この先に待っているのか――?

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