Error-code:心のないゲーム世界でキミと出会った—

せろり

◾️プロローグ

森の奥、朽ち果てた神殿跡。


そこで俺を待ち構えていたのは――地響きを伴い姿を現した、熊のような巨大モンスターだった。


全身を黒鋼の体毛に覆われ、真紅の光をたたえた眼光が、俺を射抜く。

その姿はまるで、魔獣と戦車を掛け合わせたような異形そのものだった。


俺は息を殺し、低く構える。


「……なんで、俺がこんな目に……」


握りしめた剣に力を込め、地を蹴る。

モンスターも咆哮を上げながら、まっすぐ俺に突進してきた。


剣を振るう。

鋼のような体毛が裂ける。

だが返す一撃で、脇腹を抉られた。


激しい斬撃の応酬に、血と火花が飛び散る。

地面が裂け、木々がなぎ倒されていく。


「うおおおおっ!!」


赤い閃光が、俺の足元を駆け抜ける。

渾身の力で刃を突き上げた。


――ズバァッ。


喉元に深々と突き刺さった刃が、骨ごと斬り裂いた。


獣の悲鳴が森を震わせる。

巨体がぐらつき、やがて――崩れ落ちた。


ドォォンッ!


地鳴りを最後に、辺りに静寂が戻る。


「……勝った、のか……」


剣を杖代わりに、立ち上がろうとした瞬間。

全身に痛みが走る。


膝をつき、息が漏れた。

腕も足も、傷と打撲でボロボロだった。


「――くそ……こんなところで……」


視界が揺れる。

意識が遠ざかっていく。


(……これが、“死”ってやつか)


 


そのとき――


「わ、わわっ……! だ、大丈夫ですかっ!? 死んでないです!? ……死なないでくださいーっ!」


どこか遠くから、少女の声が届いた。


ふわりと、花の香りが漂う。


木々の合間から駆けてきたのは、一人の少女だった。


おそらく高校の制服姿で、やや明るめの黒髪。

風に揺れるその姿には、悲しみと焦り、そして――祈りの色が浮かんでいた。


「ちょっと、まだ死んじゃダメですからね!? 勝手に諦めないでください……!」


少女は俺のそばに膝をつき、胸元で両手を組む。


(誰……? ていうか、慌てすぎてて余計に混乱する……)


「……お願い……生きて……神様、お願い……!」


その胸元にぶら下がったペンダントが、ふわりと光を放ち始めた。


柔らかな光が、少女の手を伝い、俺の身体へと流れ込んでいく。


――温かい光が、胸に灯る。


「えっ……?」


少女が戸惑いの声を漏らす。

それでも光は強まり、俺の全身を包んでいく。


何も感じなくなっていた体に、焼けるような痛みが走る。

だがそれは、確かに“癒やしの痛み”だった。


(まさか……これが)


呼吸が楽になり、感覚が戻る。

裂かれた脇腹も、まるで初めから無傷だったかのように癒えていく。


少女の手は震えていたが、その瞳には確かな意志が宿っていた。


「治った……!? 私、一体……」


少女は自分の手を見つめ、呆然とつぶやく。

まるで、自分の体で起きた奇跡を信じられないように。


それでも、その目は喜びに濡れていた。


「ありがとう……。なんて言えばいいか……」


俺はゆっくりと体を起こしながら、彼女に尋ねた。


「君、名前は?」


少女は少しだけ躊躇し、唇を噛んで――やがて、ぽつりと答えた。


「……名前、ですか? あ、えっと……たぶん泉です!記憶ないですけど…」


「たぶん!?」


「この腕輪に『Izumi』って書いてあって……。なのでたぶん、私、泉……っぽいです!」


不安気な内容なのに、その声には不思議と前向きな温かさが感じられた。


「それで……あなたは?」


泉が小さく身をかがめ、俺の顔をのぞき込むように尋ねてくる。


「俺は……光(ヒカル)。たぶん…。俺も記憶ないけど、服のタグに書いてあった」


「お互い、服頼りなんですね…」


「この世界のあるあるかもしれんな」


苦笑いで名乗ると、泉は「光さん……」と練習するように優しく繰り返していた。

その響きが妙に心地よくて、思わず鼻で笑ってしまった。


「とにかく助かったよ。君がいなきゃ、今ごろ俺、あの熊に食べられてた」


「そ、そんなこと言われても……私、ただ慌てて叫んでただけですけど……!」


「いい叫びが命を救うこともあるんだろ、たぶんな」


泉は胸元のペンダントをそっと握りしめる。

あの光を放った、不思議な装飾品を。


「でも、あれ……魔法、なのか?」


「……分かりません。ほんとに勝手にピカッてなって、勝手にズバッと癒えたんです!」


「そんなノリで治っちゃったってことか……」


泉は、悩みながらもゆっくり頷く。


「そうか……にしても、ここって何なんだろうな。あんな化け物がいるなんて」


俺は倒れたモンスターを一瞥し、辺りを見回す。


苔むした石畳、崩れかけた石柱。

廃墟となった神殿跡は、まるで時に忘れ去られた遺構だった。


「私……本当にどうしてここにいたんだろう。気がついたら森を歩いてて……」


泉はぽつりとつぶやく。


「俺も全く同じだよ」


俺は自分の手を見つめる。

剣の重み、戦いの痛み――それは確かに“俺のもの”だった。


だが、その“俺”がどんな人間だったかは、何も思い出せない。


「……何も分からないって、こんなに不安なもんなんだな」


「……はい」


泉も、小さくうなずいた。


そのとき、不意に風が吹き抜ける。

まるで、背中を押されたような感覚だった。


俺は立ち上がり、剣を拾った。

こびりついた血を拭いながら、泉に顔を向ける。


「とりあえず、ここにいても仕方ない。安全な場所を探そう。……歩けるか?」


泉は少し驚いた顔を見せ――すぐに、ふっと笑った。


「はい、光さんがいるなら、たぶん……100分の1くらいの確率で、生き延びられる気がします!」


(もう少し、希望持てよ……)と思ったが、その言葉が不思議と胸を楽にさせた。


「……不思議な子だな、君」


「光さんも、じゃないですか?」


泉がくすりと笑い、俺もつられて笑った。


二人並んで、森の奥へと歩き出す。

木漏れ日が差し込むその先に、何があるのかはまだ分からない。


だが確かに――この世界は、今、静かに動き始めていた。

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