ある女子学生の語り3

まだ夏の熱気がアスファルトに残る午後、私は少し緊張しながら研究室の扉を叩いた。永禮村の祠についてのレポートを、先生に直接手渡す日だ。

「お疲れ様」先生はいつものように穏やかな笑顔で労いの言葉をかけてくれた。そして、静かに続けた。「そういえば、先日訪問した高齢者施設のおばあさんが亡くなったらしい。肺炎だったそうだ。天寿を全うした様子で、最後は穏やかに微笑んでいた、と聞いたよ。亡くなったのは、安全祈祷祭の日だったそうだ。非科学的ではあるが……僕らを、災いから守ってくれたのかもしれないな」。

あの老婆の、焼け付くような慟哭が、私の心の奥底に重く澱んでいた。みいちゃん、ごめん。みいちゃん、逃げてごめん。その言葉が、何度も耳の奥で繰り返される。しかし、先生のその言葉を聞いて、鉛のように重かった心が、ほんの少しだけ軽くなったような気がした。

安全祈祷祭の後、市役所に勤める先輩から連絡があった。「永禮村の二つの祠を、市の七不思議スポットの一つとして整備していくことになったんだ。また、その調査とかで協力してもらうこともあると思うけど、よろしくね」。先輩の明るい声が、少しだけ未来に光を灯してくれた気がした。

あの時、安全祈祷祭に来ていた神主さんは、永禮村の大火事で生き残ったという「神崎のボン」と一緒に、兄弟同然に育てられたらしい。年の離れた弟分として、それはそれは可愛がられていたそうだ。その話を聞いていた神崎家の末裔である礼子さんは、祖父の意外なお茶目な一面を知ることができたのか、ずっと嬉しそうに聞き入っていた。失われた村にも、確かに人々の営みがあり、温かい繋がりがあったのだ。

そんなことをぼんやりと考えながら、私は夕暮れの田舎道を一人歩いていた。田んぼのあぜ道には、燃えるような赤色の彼岸花が咲いている。仏教では本来、縁起の良い花とされていると聞いた。毒抜きをすれば、飢えをしのぐための食糧にもなるらしい。鮮やかな赤色は、どこか物悲しくもあり、力強くもある。

結局、永禮村のことは、残された祠と古びた日記、そして、わずかに残る出身者や関わりのあった人々の証言からしか、確たる証拠を得ることはできなかった。黒い花「くろまんじゅ」のこと、村の全容……その多くは、依然として深い霧の中に包まれている。もしかすると、無理に解き明かそうとせず、歴史の闇の中にそっと置いておく方が、良いのかもしれない。

家に帰り、スマートフォンで何気なく動画を見ていると、トレンドのトップに「サバイバル少年」というキーワードが上がっていた。ああ、そういえば、この近くの山の中で助けられた男の子のことだ。二週間近くも一人で生き延びたという彼の話は、多くの人の心を捉えたのだろう。しかし、レポート作成の疲れがどっと押し寄せてきて、それを詳しく見る気力もなく、私はそのまま眠りについた。永禮村の記憶を、遠い夢の中に置いて。

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