第二話 散歩

 髙橋サラは犬の散歩をしていた。散歩と言っても犬と散歩しているだけではなく犬の用を足すためも含めた散歩だ。高橋ではなく梯子高の髙橋だ。


 近所の人に「ああサラちゃん今日も散歩?良いわね私も犬を飼ってみようかしら」などと言われたりもする。小型犬トイプードルは人気がある。サラが連れているのは茶色の毛のプードルだった。始終はっはと息をしているので、苦しくはないのかと親に聞いたことがあるが、「犬のことなんか私がわかるわけないじゃない」という答えが返ってきてムカついた覚えがある。しかしそれもそうだ。自分も犬のことなど良く知らない。ろくに知りもしないくせに飼っている。


 母さんめ。家にばっかりいないで犬の散歩行ってなさいと言われて、仕方なく来ているのだ。サラの母親はすでに四十を超えており女性としての魅力は若いときの半分もなくなっていた。かなり美しくない。美貌を持っていない。


 犬が用を足したようなのでサラは急いで紙袋の中にそれをしまった。


「さぁ帰えろ」


 ぐずぐずしている小型犬に向けてそう言った。


 もしかして犬としか出来ない散歩があるのでは?とサラはこの時思った。しかし犬としか出来ない散歩とは何だ。


 約十分かけた犬の散歩が終わった。


 ◆


 帰宅したサラは二階の今はいない、隣の兄の部屋のドアを眺めた。


 失踪して行方不明。

 神隠しにあったかのように忽然こつぜんと姿を消したのだ。四月五日。放課後、これから電車に乗って帰ると言っていたのを中学校のクラスメイトの数人が聞いたのが最後のようだ。それから消息がない。

 警察に捜索願いをだしたまま、行方不明の状態なのだ。


 二週間前にいなくなり、帰ってくれば兄のカケルは十六歳になる。

 彼らの母親は警察官にこう言っていた。


「カケルが帰ってこないわけないじゃないのお巡りさん。きっと変な事件に巻き込まれたんです。カケルは家出をしてもきちんと帰ってくる子なんです」


 それを聞いた時はサラもぐっとくるものがあった。


「良いかよく聞くんだサラ。兄ちゃんが先に死んだりいなくなったりしても絶対に悲しむんじゃないぞ。約束だ」と兄であるカケルがまだ小さい頃に言っていたのを思い出す。何があっても心配させたくないという気配りだろう。


「約束する」

 サラはそう答えたのを覚えている。

 何ていうか日本人のセリフに相応ふさわしくないのだ。どこか別の国の種族のセリフだとサラは思ったことがある。


 生きているのなら、今、兄はどこへ...?


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