第21話 幽霊とデート
今日は土曜日。
夜、こっそり家を出ようとすると、玄関に父が立ちふさがっていた。
「まこりん……こんな時間にどこへ行く?」
「え、えーと、それは」
「まさか、男のところじゃないだろうな?」
「ち、ちが……うよ?」
「な、なんだ、その間は。ま、まままま、まさか本当に……こ、この時間帯に男に会いに行く、それが意味するのは、つまり……キ、キエエエエエエエエ!」
大変、お父さんが発狂しちゃった。
母が慌てた様子でこちらに来る。
「なに、どうしたの?」
「それが……」
私は母に彼氏とデートしに行くことを伝えた。
「そう、ついにこの時が来てしまったのね――」
ラグナロクの到来を悟った予言者のような顔をした母は「ちょっと待ってて!」と言って、ドタドタと寝室の方へ走っていく。そして数十秒後に戻ってくると、「はい、これ、いるでしょ」と言って、何かを私に手渡してきた。
避妊具だった。
「いらないよ!」
と言って、至近距離でそれを投げると、凄まじい反射神経で母は顔面に当たる寸前でキャッチした。
なんでその運動神経が私には受け継がれなかったんだろう?
「いらないって……ま、まさか、つけないでするつもり!? だめよ、そんなの! 妊娠したらどうするの! バカ!」
「バカはお母さんだよ!」
「に、にんし……ま、まこりんが、あばばばばば、あばばばばぁああああっ!?」
お父さんが白目をむいて、ばたんっと倒れる。
「もう、騒ぎすぎだよ、二人とも。そういうことはしない、ただ、彼氏のパンツを買いに行くだけだから」
「そう、なら安心ね……ん? 安心なのか、それは……?」
お母さんが首を何度も傾げる。
「まあいいわ、そういうことはダメとは言わないけど、生でするのだけはダメよ、もし強引に襲ってきたら、股間を蹴って逃げなさい、そして別れなさい、いいわね!」
「う、うん」
しないって言ってるのに……。
そもそも、幽霊とそういうこと、できるのかな?
昔、幽霊のイケメンに襲われる美少年が主人公のBL作品を描いたけど、あれはフィクションの話だしな……。
「じゃ、行ってきまーす」
と言った時、急に父が正気を取り戻し、立ち上がって私の進路をふさいできた。
「この先は通さないぞ……どうしても行くというなら、パパを倒してから行きなさい!」
うわ、うざっ。
しかたない、やるか、と思い、私はファイティングポーズを取ったが、その時、母がスッと私の前に出た。
「まこりん、ここはママに任せて先に行きなさい、あいつの相手は私がするわ!」
「え、でも……」
「私のことは気にせず行って!」
「うん……わかった、無事でいてね!」
私が父の横を通り抜けようとすると、
「行かせてたまるか!」
と私を捕まえようとしてきた。そんな父の腕を母がガシッとつかむ。
「あなたの相手は私よ」
「くっ、邪魔をしないでくれ、ママ!」
「いやよ、えいっ、えいやっ!」
「ぐあああっ、かわいい声で股間を何度も蹴らないでっ、せ、性行為ができなくなるぞ、いいのか!」
「べつにいいわ」
「ファッ!?」
「だって、あなた、また風俗行ったでしょ?」
「な、なぜそれを!?」
「ふーん、やっぱり行っていたのね」
「あっ、しまった!?」
「ふふ、一生、できなくしてあげるからね?」
「ひっ、や、やめ、ぐああああああ!」
後ろから父の絶叫が聞こえてきたが、私は気にせず、家を出た。
そして、数十分後――
「お、お待たせ、待った?」
「ううん、待ってないよ」
校門前で待っていた赤崎君がそう言う。
実はこういうやり取り、ちょっと憧れていたんだよね、ふふふふふふ。
さぁ、出発しよう、てなった時、どこかから妙な視線を感じた。
バッと振り返ると、ある電柱の後ろに花子さんがいることに気づいた。その後ろに美津子さんもいて、さらに後ろには他の七不思議の面々もいる。
「ちっ、ばれたか……あたいたちのことは気にしないでくれ」
と花子さんがニヤニヤしながら言う。
「気にするよ!」
と怒る私の肩に赤崎君が手を置いてくる。
「いいよ、いないものとして過ごそう」
と赤崎君が言うので、不満だったけど、私も花子さんたちのことは無視することに決めた。
「どこへ行く? 最近はコンビニとかでも買えるだろ」
「だめよ、そんなとこ。もっとちゃんとしたところで買おうよ」
歩きながら会話をしていると、霊感のある人が何人か周囲にいて、私たちのことを見て、ひぃぃっと悲鳴を上げた。
そうか、私はもう慣れちゃったけど、よく考えてみると異様な光景よね、これって……。
学校から歩いて数十分のところにある、ショッピングモールに私たちは入った。
そこの二階に行き、洋服店の男性用下着のコーナーへ行く。
「ねぇ、赤崎君はどれがいい? トランクス、ボクサーパンツ、ブリーフ? それともふんどし?」
大量に並べられた下着の前で、隣の赤崎君に問いかける。
「いや、ふんどしはおかしいだろ……トランクスかボクサーパンツかな」
「そっか、ふんどし似合いそうなのに」
「似合ってもいやだよ……あと、まこりんは周りの目をもう少し気にした方が……妙な目で見られているよ」
周囲を見回す。たしかに奇異な目で見られていた。
冷静に考えてみると、今の私って、霊感がある人からは首がない全裸の幽霊と一緒にいるやばい女で、霊感がない人からは男性用の下着を一人で熱心に見比べているやばい女になるのね……。
「いや、もうそんなこといちいち気にしていたら、赤崎君と一緒にいることなんてできないし……」
「まぁそうだけど、いいのか?」
「いいのよ、赤崎君も今後は気にしないで」
「わかった」
と赤崎君は言ったけど、顔があったら、今、彼はどんな表情をしているのかな?
わからないけど、なんとなく、嬉しそうな顔をしているんじゃないかと思った。
「ねぇねぇ、このゴリラとバナナがプリントされたボクサーパンツはどう? あ、この河童が描かれたトランクスもいいわね、こっちのドラゴンの柄のボクサーパンツもよくない?」
「いや、よくないよ、普通のでいいよ、これとかさ」
と言って、彼が手に取ったのは、なにも描かれていない黒のボクサーパンツだった。
「えー、つまんなくない?」
「つまんなくていいよ、パンツなんて……なぁ、まこりんってもしかして、ファッションセンスおかしい?」
「おかしくないよ!」
そういえば、お母さんにも前におかしいって言われたことあったっけ。
失礼な……私、どう考えてもセンスがいいじゃない。
結局、赤崎君は私がおすすめしたのを買わず、さっき手に取ったなにも描かれていない黒のボクサーパンツを買った。
購入した後、彼はその場で買ったばかりのパンツを穿く。
せめて試着室とかで……いや、でも、幽霊だし、いいのか……?
「久しぶりだな、パンツを穿くの……」
とどこか落ち着かない様子の赤崎君。
「ねぇ、今の赤崎君って、霊感がない人からはどう見えているの?」
「たぶん、パンツだけが見えている状態なんじゃないかな?」
「そうなんだ……」
その光景を想像して、ちょっと笑ってしまった。
ショッピングモールを出た後、私たちは別れることにした。
「じゃあ、今日は楽しかったよ、あ、送っていった方がいい?」
「いや、大丈夫」
近所の人に霊感がある人がいた場合、赤崎君といるところを見られたら面倒そうだ。
「そうか、じゃあ、また」
「うん、またね」
とお互いに手を振って別れると、どこかから「まじかよ、あいつらほんとにパンツだけ買って終わりやがった……」という花子さんの声が聞こえてきたけど、無視して帰路に就いた。
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