第16話 点数の見せ合い
黄山さんの家に行った次の日。
今日が月曜日だと思うだけで、憂鬱な気分になるなぁ、と思っていると、朝、ホームルームでさらに気分を萎えさせることを言われた。
来週からテストが始まるって。
いや、まぁわかってはいたんだけどね。ちゃんとこつこつと勉強してますよ。
でも、ここからは本腰を入れないとね。
ということで、赤崎君に頼んで、テストが終わるまでダンスの練習の時間を短くしてもらった。
テストが全部終わるまで、放課後は図書室で夜まで勉強して、その後は赤崎君と三十分くらいダンスの練習をする、そんな日々を送った。
そして二週間後、テストが全部終わり、答案用紙も全て返ってきた。
「ねぇ、数学何点だった?」
「私、91点」
「わ、すごーい、10点負けちゃったー」
という女子たちの会話が聞こえてくる。
放課後、教室では、テスト返却後に恒例の答案用紙の見せ合いが起こっていた。
「俺のターン、ドロー! 英語85点を召喚! 英語85点で敵の英語62点を攻撃!」
ある男子が机に積まれた裏面の答案用紙の束から一枚手に取り、それを表側にして、机にバンッと叩きつけた。
「くっ、やるな……!」
とその生徒の向かい側にいた男子が歯ぎしりをする。
男子たちはテストの答案用紙でカードゲームみたいなことをしていた。
教室のどこを見渡しても、そんなかんじだった。
私を除いて――ね。
「ふぅ……まったく、みんな幼稚だわ、たかが学校の定期試験の結果じゃない」
私は一人、自分の席で、『夜の紅茶、ミルクティー味』を上品に飲んでいた。
そんなエレガントな時間を過ごしていると、二人の悪魔がにじり寄ってきた。
「まこりーん……テストぉ、どうだったー? ぐへへへ……」
「見せあいっこ、しようよぉ……ゲヘへへへ」
白岸さんが美少女を発見した変態おじさんのような顔をして近づいてきた後、重黒木さんがファンタジー作品に出てくるゴブリンのような下卑た笑みを浮かべてそう言ってきた。
「なんで見せないといけないのかしら? あなたたち、自分が卑しい行為をしていると思わないの? たかが学校の試験の点数で相手と張り合って、自分より下だったらバカにして……私はね、あなたたちとは違うのよ」
紅茶を一飲みした後、そう言うと、白岸さんが目をスッと細めて、
「ふーん、そう言うってことは、あんまり点数がよくなかったのかしらねえ」
ぎくっ。
「いい点取ったときは、真っ先にテスト用紙を見せてくるのにねぇ」
と重黒木さんが腕を組みながら冷たい目を向けてくる。
「い、いつの話をしているの? わ、私は大人になったのよ、ほら、子供はどっか行きなさい、しっし!」
と手で払ったのだが、彼女たちはここから去らない。それどころか、私の机の中に手を入れ、私の答案用紙を無理矢理手に入れようとしてきた。
「いったい、どこにあるのかしらねぇ、うふふふ!」
「どんな点数か、楽しみねぇ、白岸さん!」
「ちょっ、やめ、なにしてるのよ、二人ともぉぉぉ!」
机の中を漁り出す二人を止めようとするが、重黒木さんに両腕を捕まれてしまった。
「今のうちに!」
「でかしたわ、重黒木さん!」
「二人とも、こんな時に無駄にチームワークを発揮しないで!」
暴れるものの、重黒木さんの手から離れることができない。
か弱い乙女である自分が腹立たしい。もうちょっと筋トレとかしておくべきだったかも。
やがて白岸さんが一つのクリアファイルを手に取る。
「みぃーつけたぁー、いひひひひ!」
彼女が魔女のような顔をして笑う。
「早く見ましょぉぉ、ケケケケケケ!」
と重黒木さんが人間とは思えない笑い声を上げる。
白岸さんがクリアファイルから答案用紙の束を抜き出した。
私は思わず叫んでしまう。
「いやぁぁ、エッチィィィ、勝手に見ないでえぇえー」
エッチという言葉に男子たちが一斉に反応し、こちらを見てきた。
お前たちが期待しているようなことは何も起きていないぞ。
白岸さんがテスト用紙の束を私の机に広げた。
そうして、テストの点数が晒されてしまう。
「数学は52点、それ以外は全部60点台か70点台のようね」
「数学は平均点よりちょい下、それ以外は平均点より少し上ってところね」
白岸さんがつまらなそうに言ったあと、重黒木さんも冷めた表情で言う。
「思っていたよりは悪くなかったけど、たいしたことないわね」
と白岸さんが腕を組みながら言う。
「もっとひどい点数を期待していたのに」
とがっかりした様子の重黒木さん。
「はいはい、そうですか、これで満足したでしょ、もうどっか行きなさいよ」
と言うが、彼女たちは帰らない。
二人は背負っていたバッグからクリアファイルを取り出すと、そこに入っていた答案用紙を全て取りだし、私にその点数を見せびらかしてきた。
「あ、ちなみに、これが私の点数ね、いちおう学年三位だったわ」
と頼んでもないのに、白岸さんが全て90点以上のテスト用紙を見せてきた。
「たいしたことないけど、いちおう私も見せるね」
と重黒木さんも答案用紙を全て晒してきた。
全部80点代だった。
彼女はニヤニヤした顔を私に向けてきて、
「どう、なにか感想はある?」
「ねえねえ、今どんな気持ち、ねえ?」
と白岸さんもムカつく笑顔を近づけてくる。
「感想なんてなにもないわよ、ばか!」
くそぉ、こいつら見た目も言動もあんまり頭よくなさそうに見えるのに、なんでそんなに勉強ができるのよ、あーむかつく!
私はうざ絡みしてくる二人から逃げるように教室を出て、図書室へ向かう。
夜になるまで、私は夏コミに出す予定の同人誌の製作に熱中した。
●
「そろそろ――だな」
私のダンスを見ていた赤崎君が、唐突にそう言った。
「へ? なにが?」
「いや、そろそろ、特訓の成果を見せるときだなって」
「ということは、ようやく呪いを解けるの?」
「それはわからないが、やってみてもいいんじゃないか、と思えるくらいのクオリティにはなったから、明日、ダンサーの幽霊たちにまこりんのダンスを披露しようか」
その時、ぱちぱちぱち、と音が響いた。
私のダンスを傍で見ていた花子さんとテケテケの美津子さんが拍手をしたのだ。
「おめでとうっていうのは、まだ早いか、明日の夜、幽霊たちを集めておくよ、体育館でいいか?」
「頼みます」
と花子さんに向けてお辞儀をする赤崎君。
「楽しみねぇ、明日が。どんな面白い光景が見られるのかしら」
と美津子さんがわくわくした顔で言う。
私が幽霊たちの前で踊るだけだから、べつに面白いことなんて起きないと思うけど……。
それにしても、ようやくこの辛い練習の日々から解放されるのか……。
ぽとっと水滴が、足元に落ちた。
「あれ?」
何これ、と一瞬思った。
雨、なわけない、室内だから。そして気づいた。自分が泣いていることに。
自分でもびっくり。そんなに嬉しかったのか……そんなに今まで辛かったのか……。
「まこりん、わかるよ、特訓の成果を見せられるのが嬉しいんだな」
と泣いている私の方を向いて言う赤崎君。
いや、違うけど……。
花子さんと美津子さんがそんな嚙み合わない私たちを見て、ゲラゲラ笑っていた。
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