第14話 黄山さんの家 前編

「ここが私の家だよ」


 黄山さんが立ち止まったところの前には堅牢な門があって、そのだいぶ先に大きな洋館が建っているのが見えた。


「でっか」


 白岸さんがそう口に出した。

 私も声には出さなかったけど、同じ感想だった。隣であんぐりと口を開けている重黒木さんもおそらくそうだろう。

 

 黄山さんがインターホンを鳴らすと、自動で門が開いていく。黄山さんがその先へ進んでいくので、私たちは後を追った。


 野球やサッカーの試合ができそうなくらい広い庭の中を進んでいく。石畳が敷き詰められた道を歩いていくと、彼女の屋敷の前へたどり着いた。

 すると、ドアから美人なメイドが一人出てくる。


「お待ちしておりました、お嬢様、そしてご友人の方々、どうぞ、中へ」


 メイドに促され、家の中へ入ると、煌びやかな光景が広がった。

 大理石の床に赤い絨毯が敷かれていて、天上には大きなシャンデリア、中央に大きな階段、左右の壁にはドアがいくつも並んでいた。

 

 外から見ても豪奢だったが、中は想像以上だった。


「すっごーい」


 と白岸さんがきょろきょろとしながらつぶやく。


「ガチのメイドなんて初めて見た」


 と重黒木さんも圧倒されている様子だ。


「あんまりじろじろ見られると恥ずかしいな、私の部屋は三階にあるからそこに行こう」


 と階段を上っていく黄山さんに私たちはついていく。


「黄山さん、お兄さんは? お兄さんはどこ?」


 と重黒木さんが待ち切れないといった感じで、黄山さんの背中をツンツンと指でつつく。


「ああ、今はどこにいるかな、家の中にいるはずだけど……」


 と黄山さんが言って、三階に着くと、ちょうどそのタイミングでこちらに一人のイケメンが向かってきた。


「おかえり、詩音、その子たちは友達?」

「ああ、うん、みんな、紹介するよ、この人が私のお兄さん」

「黄山理音りおんだ、よろしくね」


 とさわやかに笑うお兄さん。

 噂通りのイケメンだった。

 サラサラの黒髪、白い肌、きりっとした眉、切れ長の瞳、筋の通った高い鼻、美の極致がそこにあった。


 白岸さんと重黒木さんがとろんとした目を彼に向けている。

 

「よろしくお願いしますわ」

「こちらこそよろしくお願いします」


 白岸さんが姿勢を正して恭しくお辞儀をすると、負けじと重黒木さんも同じように頭を下げた。

 いつも騒がしい二人も、イケメンの前では大人しくなるようだ。


「よろしくお願いします」


 私も今までの人生でおそらく最も丁寧にお辞儀をした。

 だってかなり好みの顔だったんだもん。


「三人ともすごくいい子そうだね、詩音が素敵な友達を持っていて安心したよ。自分の家だと思ってくつろいでいいからね、それじゃあ」


 と去っていくお兄さん。白岸さんと重黒木さんが「ああ……」と小さく声を出して、離れていくお兄さんに手を伸ばしていた。


「さ、私の部屋はこっちだよ」


 そう言う黄山さんについていくと、彼女はある部屋の前で立ち止まった。


「ここだよ、入って入って」


 と先に中に入った黄山さんがそう言うので、私たちも入室する。

 そこは子供部屋とは思えないほどの広さと豪華さだった。


 二十畳はありそうな部屋の中央に大きな黒いローテーブルが鎮座していて、それをはさむように二人掛けのグレーのソファが二つ置かれている。

 テーブルの奥にテレビボードがあって、その上に65インチのテレビが置かれていた。

 部屋の右端には天蓋付きのベッド、左端には高級そうな学習机、その左隣に本棚、右隣に戸棚がある。


「すごい、私の部屋と全然違う」


 と白岸さんが唖然とした表情をしている。


「許されていいの、こんな格差が……」


 などと重黒木さんが悔しそうな顔でぶつぶつと言っている。


「部屋に入れた友達、みんなそんなような反応をするよ」


 と黄山さんが苦笑していると、二人が部屋の中をうろつき始め、テレビボードの収納を覗いたりしだした。


「あ、最新のゲーム機あるじゃん」

「大妖怪スマッシュファイターズがある! あとでこれやろうよ」


 白岸さんの発言の後、重黒木さんがゲームソフトを手に取って言う。


 大妖怪スマッシュファイターズは、世界中の妖怪たちを使ってバトルをする対戦格闘ゲームだ。私の兄がすごい好きで、私もちょっとプレイしたことがある。


 いや、そんなことより――


「二人とも、他人の部屋を勝手にうろついたり、収納の中を覗いたりするのはよくないよ」


 と私は注意するが、彼女たちは常識が通じるような人たちではなく、今度は本棚へ向かっていた。


「夏目漱石、太宰治、三島由紀夫、川端康成、泉鏡花、坂口安吾、武者小路実篤……へー、けっこう純文学読むんだね」

 

 白岸さんが本棚を見ながら言う。


「エロい本とかないの?」

「ないよ!」


 と重黒木さんに怒声を浴びせる黄山さん。


「またまた、こういうところに入ってるんじゃないの?」


 重黒木さんが今度は戸棚の方へ行き、その一番上の段を開けようとして――


「ちょっと、いい加減にしてよ!」


 と黄山さんがぶちぎれると、さすがの重黒木さんも「ご、ごめん……」と謝って、開けようとしていた手を止めた。


 あんなに黄山さんが怒った顔、初めて見た。

 普段はすごい温厚なのに。

 いや、でも、まぁそりゃあ怒るよね、さすがの黄山さんも。


「なにー、珍しく怒っちゃって、まさかまじでエロいのが入っていたりするの?」

「そ、そういうわけではないけど……」


 ニヤニヤしている白岸さんから目をそらす黄山さん。


「もう、だめだよ、白岸さん、そういうこと追求したら、見られたくないものくらい誰にでもあるよ、私も自分の部屋の戸棚にちょっとやばいBLの漫画とかたくさん入れてるもん」

「やばいって、どうやばいの?」


 と白岸さんが恐る恐るといった感じで私に訊いてきた。


「例えば、オメガバースとか」

「なにそれ?」

「端的に言うと、男が妊娠するような作品のことを言うんだけどね、あ、興味ある? 今度貸そうか? 重黒木さんと黄山さんもよかったら読んでほしいな」

「い、いや、私はいいかな……」


 と白岸さんが苦笑いを浮かべて言う。

 

「わ、私もいいや」

「ごめん、鈴木さん、私も遠慮しておく」


 重黒木さんと黄山さんにも断られてしまった。

 理解者がいなくて寂しいな、ネットやコミケにはたくさんいるのに……

 

 部屋が微妙な空気に包まれた時、こんこんとノックの音がした。


「お菓子とお茶を持ってきました」

「入って」


 と黄山さんがドアに向かって言うと、部屋に若くてかわいいメイドさんが入ってきた。

 彼女はテキパキとテーブルに四人分の紅茶とお菓子を置いていく。


「遠慮なく召し上がってください」


 ニコリとメイドさんが笑うと、


「バクバク、むしゃむしゃ、このマカロン、おいしー!」


 と白岸さんが皿に盛られたマカロンを次から次へと食べだした。


「サクッ、サクサクッ、このクッキーもうますぎー」


 と重黒木さんもひょいひょいっとクッキーを手に取って、口に放り込んでいく。

 本当に遠慮ないな、この二人は……。


「私、紅茶よりコーヒーが好きなんだよねー」


 と白岸さんがちらっとメイドさんの方を見て言うと、「少々お待ちください!」と彼女が慌てて部屋を出ていき、数分後にコーヒーを持ってきた。


「ありがとー」


 と白岸さんが言うと、メイドさんがぎこちない笑みを浮かべる。

 なんでこの二人は他人の家でこんなに好き勝手できるんだろう……。

 黄山さんがひきつった顔をしている。まぁそりゃあそういう表情にもなるよねぇ。


 メイドさんが一礼して部屋を出ていくと、重黒木さんがゲーム機を指差して、こう言った。


「みんな、大妖怪スマッシュファイターズやらない?」

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