第2話 第2戦 SUGO

 5月1日の登録最終日、GT500のチーム15チーム中、10チームに女性ドライバーが新しく登録された。そのあおりをくらったのが、GT300のチームである。自分のチームの女性ドライバーが引き抜かれ、男性ドライバーを補充したチームが7チームもでてきた。すぐに女性ドライバーが確保できるわけではないのだ。ヨーロッパからきた女性ドライバーもいたが、リリアほどのキャリアはなかった。パドックでは、(魔物がすむSUGOは大変なことになるな)

と、ささやかれていた。

 5月末、サクラが散り、SUGOの周辺は緑がきれいだった。花壇には花が咲き誇り、一番いい季節を迎えている。

 パドックは、ある意味華やかだった。女性ドライバーが増え、メディアが増えたからだった。ただ、フリー走行は大変だった。ベテラン男性ドライバーは、新人女性ドライバーと走ることを嫌い、談合して男性枠の時間を自分たちで作っていた。Q1も男性ドライバーだけにするように決めた。これは別にFIA規定違反ではない。女性ドライバーの中からも異論はでなかった。ほとんどが新人だし、男性ドライバーと同等に走れるのは野島朱里だけだったからだ。

 土曜日のQ1、チャレンジチームの山木は絶好調だ。レコードタイムの1分9秒413を上回る1分9秒402をだした。トップ通過だ。8台によるQ2。男性だけのチーム3台はそこに残っている。予選で上位にいないと、決勝ではハンディをしょってしまう。だが、山木のタイムには届かなかった。朱里は1分10秒015の好タイムで3位につけた。H社の佐藤に勝ったのだ。佐藤にとっては前回の鈴鹿に続けての負けだったので、地団駄を踏んでくやしがっていた。

 ベスト5は次のとおりである。

  1位 N社 №3  山上・近澤  鈴鹿5位 ウエィト 12kg

  2位 H社 №1  野沢・江藤  鈴鹿優勝      40kg

  3位 T社 №11  山木・野島  鈴鹿2位      30kg

  4位 H社 №7  高橋・佐藤  鈴鹿4位      16kg

  5位 H社 №5  飯田・リリア 鈴鹿3位(ハンディによる順位)

         ※実際は12位   22kg

 6位以下のチームは全チーム女性ドライバーがいるチームである。

 予選はGT500だけの走りだったので、GT300との混走は限られた時間であった。だが、今回初めてGT300に乗る女性ドライバーもいる。ましてや抜きどころが少ないSUGOでは、混走のリスクは大きかった。ドライバーズミーティングでもそのことが話題になった。特に後半において、無理な走りはしないという申し合わせがされたが、レースである。順位をあげるためには多少の無理をするのがレーサーである。その申し合わせを本気で守るドライバーはいないと朱里は思っていた。

 チームの作戦会議では、朱里の腕が男性並みとわかったし、他のチームがハンディを使ってくるのが目に見えているので、チームとしてもハンディを使わなければ勝てないということで、山木と朱里に半分ずつの42周を割り当てることにした。問題は最初に入れるガソリンの量である。入れる気になれば60周分の量を入れることができる。ピットインの際の時間を短縮できるが、マシンが重くなる分、スタート時のリードは難しくなる。そこがポイントだった。

「周回数を均等に分けることは決定した。後は最初に入れるガスの量だ。皆の意見を聞きたい」

 監督の館山の言葉にまず反応したのが、山木である。

「スタートドライバーからすれば、スタートダッシュをしたい。だから42周分のガスにしてほしい」

 もっともな話である。それに反論したのは、アドバイザーの野島パパである。

「山木さんは絶対王者だ。だからガスが多くても、順位キープは可能なはず。それよりピットインタイムを短くして、後半勝負をかけた方がいいと思う」

 と、これまた正論を示した。山木は不機嫌な顔をしている。そこに朱里が口を開いた。

「私は父とは違います。前半勝負がいいと思います。トップで山木さんが来てくれれば、その順位をキープする自信はあります」

 と言い切ったが、野島パパが

「前に男性ドライバーがいれば抜く必要はないんだぞ。いわば3位をキープしていけば、ハンディで優勝できるんだぞ」

「どうしてハンディ優勝をねらうの? パパと私の夢はそんなものだったの? 男性の中でもそん色のない走りをすることじゃなかったの?」

「それはそうだが・・・今はまだ・・・」

 と野島パパは口ごもっている。朱里が加えて

「それに、後半にはレースが荒れる予感がする。新人ドライバーが多いし、狭いコース、それに魔物が住むSUGO。SCが入るか、FCY(フルコースイエロー)が出るのは目に見えている。後半勝負はバクチになると思います」

 と、言い切った。監督の館山はその朱里の考えに賛同し、ガスは42周分となった。


 翌日曜日、決勝。天候は晴れ。全チーム、タイヤはハードを選択した。気温が上がると踏んだのだ。

 スタート。山木は3位をキープしていた。トップのN社山上がやたら速い。サクセスウエィトが少ないし、女性ドライバーチームが持っている1分間のハンディを取り返す必要があったからだ。山木は2位争いを強いられていた。僅差でH社野沢に前を走られ、後ろにH社の高橋が迫っている。一番動きがいいのは高橋だ。サクセスウエィトが少ないので有利だ。ガスの量は皆同じみたいだ。山木はこの順位をキープしていればいいのだが、自分より重いサクセスウエィトを積んでいる野沢は抜きたいと思っていた。走りを後ろからじっくり見ることにした。すると、最後の10%勾配で伸びが足りないのを感じた。抜くならここだと山木は思った。

 20周目、そのチャンスが現れた。手前の110RでGT300のマシンにひっかかったのだ。立ち上がり勝負だ。山木は野沢のアウトに並ぶ。メインスタンド前で大歓声があがる。なんと野沢のインに高橋が並んだのだ。3台が横にならぶ。3ワイドだ。レースアナウンサーも

「さあ、だれが1コーナーを制するか!」

 と騒いでいる。ブレーキング勝負。勝ったのはアウトの山木だった。高橋は早めにブレーキをかけ、立ち上がり勝負を考えていたようだが、行き場のなくなった野沢にじゃまされ、立ち上がりの加速をかけられなかった。第2コーナーの立ち上がりで野沢を抜くのがやっとだった。

 トップN社山上・2位T社山木・3位H社高橋・4位H社野沢・5位H社飯田で前半が過ぎた。

 40周目、野沢がピットイン。江藤に交代。41周目、高橋がピットイン。佐藤に交代。42周目、山木と飯田がピットイン。女性ドライバーのチームのほとんどがこの周でピットインしてきた。ピットレーンは大混乱だ。42周目、トップの山上がピットイン。近澤に交代。これでGT500の全チームがドライバー交代を果たした。トップの近澤は周回遅れに追いつきそうな勢いだ。朱里は30秒遅れで走っている。実質トップだ。

 50周目、波乱が起きた。S字でGT300同士が接触し、2台が左右のグラベルに分かれてマシンが止まった。右に行ったマシンはガードレールに突っ込んでいる。FCY(フルコースイエロー)が提示された。全車60kmで走行しなければならない。まるでパレードランだ。

 55周目、事故車両の撤去が終わり、ガードレールの確認も終わり、FCY解除となった。一斉にレーシングスピードとなった。と思ったとたん、10%勾配で大クラッシュが起きた。トップの近澤がGT300のマシンと接触し、コースサイドのクラッシュパッドにぶつかった。GT300のマシンはコンクリートウォールにぶつかり大破した。後でモニターを見るとGT300のマシンが急に進路を変えたところに後ろからトップスピードできた近澤が接触し、どちらもハンドリング制御不能になったのである。GT300のドライバーはSUGOがスーパーGTデビューだった。昨年までF4を走っていた女性ドライバーである。

 SC(セーフティーカー)が提示された。朱里の前にSCカーが出てきて、そのペースで走る。どんどん後ろにマシンが追いついてくる。だが、朱里にすれば抜かれなければいいのである。その自信はあった。あとはトラブルに巻き込まれなければいいのだ。近澤はなんとか自力でピットにもどることができた。3周走るとレッドフラッグが振られた。部品が散乱しているのでコース整備のためである。58周目でレース中断である。メインストレートにクラス別に並ばされる。

 15分ほどでレース再開となった。SCカーの先導で3周走る。トップは朱里、2位はH社佐藤、前回と予選で朱里に後れをとっているので、今回は雪辱を果たすべく虎視眈々とトップをねらっている。ポイントはSC開けの第1コーナーと考えているようだ。朱里もそのことは重々承知しているし、無線でもその指示がきている。3位はN社江藤、サクセスウエィトが少ないので、これまたトップをねらっている。4位H社リリア。このままいけば2位に入れるので、スピードをゆるめる気はない。

 61周目、SCカーがピットインする。10%勾配をトップスピードでマシンが駆け上がってくるが、スタートラインを越えるまでは抜くことはできない。が、第1コーナーで佐藤がしかけてきた。鼻先リードした。だが第1コーナーで膨らんでオーバーランした。スピードオーバーでコーナーに突っ込んだのだ。朱里は落ち着いて佐藤のインから第2コーナーへ抜けていった。江藤とリリアもそれに続いている。佐藤は4位まで落ちてしまった。

 次のポイントは裏ストレートだ。江藤がアウトに並ぶ。朱里がインでブレーキング勝負だ。軽い江藤の方のブレーキが遅い。馬の背コーナーでは江藤が前に出た。だが、次のSPアウトで膨らんだ。焦ってスピードを出し過ぎたのだ。朱里とリリアのトップ争いになった。リリアはすぐには抜こうとしない。冷静に朱里の走りを見ている。チャンスを待っているのかもしれない。

 80周目、残り5周だ。リリアがしかけてきた。裏ストレートでスリップストリームを使って、アウトに並んだのだ。サクセスウエィトはリリアの方が少ない。一瞬リリアが前に出たが、ブレーキング勝負では朱里が勝った。馬の背コーナーを過ぎると、アウトに朱里、インにリリアとなり、次のSPインコーナーではインに朱里、アウトにリリアとなる。有利なのはリリアだ。リリアが朱里にかぶせてくる。だが、朱里は譲らない。軽く接触した。リリアはインに飛び込めず、ブレーキをかけてコーナーを回らなければならなくなった。右タイヤがグラベルにはいる。ガタガタとマシンがゆれる。朱里との差が開いた。

 84周目、ファイナルラップ。朱里が2秒差でリード。リリアが続き、3位争いを江藤と佐藤がしている。チャレンジチームのピットは大盛り上がりだ。山木はピットレーンのネットのところまで行き、朱里のフィニッシュを待った。そこに、単独で朱里が10%勾配を駆け上がってくる。山木は右腕を高くつきあげ、優勝を喜んでいる。

 ウィニングランを終えて、所定の場所にマシンがもどってくると山木は朱里にハグをしようとした。が、野島パパから

「山木さん、握手だけにしてね!」

 と大きな声で言われ、ふと我にかえり、朱里を握手で迎えた。ヨーロッパではハグは当たり前だが、ここではセクハラ対象行為になりかねない。メディアが注目しているところでは油断できないのだ。

 表彰台でも気を使わないといけない。シャンパンを朱里にかけすぎるとパワハラになりかねない。ましてや19才なのでまだアルコールは解禁になっていないのだ。なんか表彰式が昨年までと雰囲気が変わっていた。リリアだけが異様にハイテンションになっていた。ちなみに3位はT社の工藤・高山(女性)だった。高山はGT300経験者であるが、元々はオリンピックの金メダル保持者である。スピードスケートのパシュートのチャンピオンであった。引退してからレース界に入り、カートから始まり、F4、F3と年々レベルアップし、昨年GT300で走っていた。これで、残り3チームの男性チームも女性を引き込まなければならなくなった。次は6月の富士450km。3人体制のチームも出てくると思われた。

 レースの結果は次のとおりである。

 1位 T社 №11  山木・野島組  35P

 2位 H社 №5  飯田・リリア組 26P

 3位 T社 №36  工藤・高山組  14P ※ハンディあり

 4位 H社 №7  高橋・佐藤組  16P

 5位 H社 №1  野沢・江藤組  26P

 6位 T社 №37  依田・クリス組  5P ※ハンディあり

 7位 H社 №17  米山・前田組   4P ※ハンディあり

 8位 N社 №3  山上・近澤組   3P

 9位 N社 №4  浜田・松木組   2P ※ハンディあり

10位 H社 №6  副島・宮本組   1P ※ハンディあり

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