第九話:誠意の証明、抵抗の試練
俺はレジスタンスのアジトらしき場所に案内され、そこにいた屈強な男に「あんたがロイか?」と問いかけた。
男は、ゆっくりと俺から視線を外し、部屋の奥、薄暗い通路へと声をかけた。
「おい、
その声は、洞窟の奥から響いてくるような、低く、そして有無を言わせぬ威圧感があった。
通路の暗がりから、カツ、カツ、と規則正しい足音が近づいてくる。やがて姿を現したのは、俺とそう年齢も変わらないであろう、一人の少女だった。
正直、めちゃくちゃ可愛い……美少女だ。
黒曜石のような艶やかな黒髪を、高い位置できりりとポニーテールに結い上げている。その身に纏っているのは、この20XX年、それも壁の外のスラムにあるアジトにはおよそ不似合いな、古風な濃紺色の剣道着を彷彿とさせる、それでいてどこか戦装束としての機能美も感じさせる、時代錯誤的とも言える女武士のような装いだった。腰には、白鞘に収められた一本の日本刀。その柄には、淡い桜色の組紐が巻かれている。
彼女は俺の前に立つと、値踏みするような、それでいてどこか感情の読めない冷静な瞳で俺を一瞥した。
「あなたがレンか。話はエイジャックスから聞いている。よろしく頼む。私は如月凛だ。ふむ……なんだかおかしな武器を持っているのだな……。いや、他人の獲物にどうこう言うのはやめておこう……」
その声は、鈴を振るような涼やかさを持ちながらも、どこか相手を突き放すような、少し棘のある響きを持っていた。だが、その立ち居振る舞いには、一切の無駄がなく、厳しい鍛錬を積んできた者特有の緊張感が漂っている。
「エイジャックス……?」
俺が聞き返すと、最初に俺に応対したあの筋骨隆々たる黒人の大男が、部屋の奥から再び姿を現した。彼が、エイジャックスらしい。
「そうだ、俺がエイジャックスだ。レジスタンスの作戦指揮を担当している。ロイ=アークレットは今、手が離せん。貴様の用件は、まず俺たちが聞かせてもらう」
エイジャックスは、元軍人という言葉がしっくりくる、隙のない佇まいだった。その眼光は鋭く、俺の全てを見透かそうとしているかのようだ。だが、その厳しさの奥に、どこか度量の大きさを感じさせる不思議な男だった。
「日下部レン、だったな。貴様の父、日下部タクト博士のことは、ロイも気に掛けていた。貴様が、あの《第零区画》よりさらに奥の、我々ですら全容を把握していないジオテックの秘密施設から生還したという報告も受けている。その力、そしてその目的……我々は見極めさせてもらう必要がある」
エイジャックスは、有無を言わせぬ口調で続けた。
「貴様に『誠意』を示してもらうための任務を用意した。成功すれば、ロイ本人に引き合わせることを約束しよう。だが、失敗すれば……あるいは、我々を裏切るような素振りを見せれば、その時は容赦しない」
「任務……ですか?」
「そうだ。ジオテックの壁外基地の一つ……小規模な通信中継及び資源備蓄拠点の機能を停止させてもらう。可能であれば、奴らが溜め込んでいる魔石や有用な物資も回収してこい。これでお前がジオテックのスパイではないという、何よりの証明になるだろう」
エイジャックスの目が、俺の腰にある《喰らう刃》に一瞬鋭く注がれる。
「凛。お前はこいつに同行し、任務のサポート、そして何より……監視役を務めろ。お前の『眼』で、こいつが本当に我々の『駒』として使えるか、あるいはただの害虫か、しっかりと見極めてこい」
「……了解しました、エイジャックス司令」
凛は短く応えると、再び俺に向き直った。
「レン、と言ったか。私の足を引っ張るなよ。それから、命令には絶対に従ってもらう。いいな?」
その言葉には、明確な不信と警戒の色が滲んでいた。
◆
俺と凛は、エイジャックスから簡単な作戦指示と、基地の簡易的な見取り図を受け取ると、アジトを後にした。
凛は、道すがらほとんど口を開かなかったが、時折俺の持つ《喰らう刃》や、首にかけた二つのアクセサリー(《鋭爪のタリスマン》と《模倣者の涙石》)に、探るような視線を向けていた。
彼女が腰に差している日本刀の柄には、繊細な桜の模様が彫り込まれているのが見えた。あれが、彼女の武器か。
「如月さん」
俺が話しかけると、凛は少し驚いたようにこちらを見た。
「その剣、名前はあるのか?」
「……なぜ、そんなことを聞く?」
「いや、何となく気になっただけだ。俺のこれは《喰らう刃》っていうんだが……」
「……《桜吹雪》。それが、この子の名だ」
凛は、愛おしむようにそっと刀の柄に触れながら、そう呟いた。その横顔は、普段の彼女からは想像もできないほど、穏やかで、そしてどこか儚げに見えた。
ジオテックの壁外基地は、スラム街から数キロ離れた、汚染された荒野の中にあった。高いフェンスと鉄条網、そして無数の監視カメラが、まるで獲物を待ち構える蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
「監視カメラの位置と死角は、私の固有スキル
凛はそう言うと、目を閉じ、深く集中する。彼女の周囲に、淡い青白い光の粒子が舞い始め、その瞳には普段とは異なる、何かを見透かすような輝きが宿った。これが、彼女の索敵スキルか。
「……第一ゲート周辺、監視カメラ三基。巡回型警備ロボット、スパイダータイプが二体。ホイールタイプが一体。よし……行くぞ」
凛の的確な指示に従い、俺たちは監視カメラの死角を縫うようにしてフェンスへと近づく。俺がその身体能力でフェンスを軽々と乗り越えると、凛もまた、まるで猫のようなしなやかな動きでそれに続いた。
基地内部に潜入すると、通路には早速、凛が言っていた通りの警備ロボットが巡回していた。蜘蛛型のロボットは壁や天井を自在に動き回り、ホイール型のロボットは高速で通路を巡回している。危険度はC級からB級といったところか。
「来るぞ! 三体、同時だ!」
凛が鋭く警告する。
俺と凛は、即座に背中合わせになり、それぞれの得物を構える。凛が腰の《桜吹雪》を抜き放つと、鞘から現れたのは、月光を反射して妖しくも美しく輝く、見事な反りを持った日本刀だった。
戦闘が始まる。凛の剣技は、まさに桜吹雪の名にふさわしく、華麗にして鋭い。彼女の動きには一切の無駄がなく、警備ロボットの装甲の隙間を的確に捉え、次々とその機能を停止させていく。俺もまた、《喰らう刃》の圧倒的な攻撃力(現在ATK360)で、残りのロボットを両断した。
だが、一体のロボットが破壊される直前に、甲高い警報音を発してしまった。
「まずい! レン、EMPだ! あの制御タワーを狙え! 増援が来る前に、一時的にでも機能を麻痺させる!」
凛が指さす先には、基地の通信アンテナが集中する小さなタワーが見える。俺は、エイジャックスから渡されたEMPグレネードの一つを、そこへ向かって力強く投擲した。
パシュッ! という音と共に、青白い閃光が炸裂し、周囲のロボット群が一斉に動きを止める。同時に、基地内の照明が一部消え、非常灯が点滅を始めた。
(これが、EMPグレネードの威力か……!)
俺はその効果に目を見張る。
俺たちは、EMPの効果が続いているうちに、基地の奥にある通信施設を目指した。だが、通路の各所には固定式の自動機銃や、より高性能なセンサー(音響、熱感知など)が、まるでこちらの動きを予測していたかのように配置されている。
(警備配置が、こちらの情報よりも明らかに強化されている……? 何かあったのか……? それとも、これが元々の警備レベルで、エイジャックスさんの情報が古かったのか……?)
凛が苦々しげに呟く。
俺は《喰らう刃》で物理的に破壊できるものは破壊していくが、電子制御された堅牢なセキュリティシステムに対しては、EMPグレネードを使わざるを得なかった。
「くっ……! これで、残りは一つ……!」
通信施設の中枢区画への最後の通路。そこには、B+級と思われる強化型警備ロボットが五体も配置され、複数のアクティブセンサーが赤い光を放ちながら俺たちを捉えようとしていた。
ここで、ついに最後のEMPグレネードを使い果たしてしまう。
「万事休すか……!?」
凛の顔に、普段の冷静さからは考えられないほどの焦りの色が浮かぶ。
警備ロボット群が、一斉に警告音を発し、その銃口をこちらへと向けた。まさに、絶体絶命――。
「EMPグレネードがもうない……!」
追い詰められた状況で、凛が、まるで最後の望みを託すかのように呟いた。
「待て……EMPグレネードは、ジオテックの正規ルート以外でも入手できる可能性が……。極稀にだが、特定の機械生命体からもドロップするという古い記録を見たことがある……。確か、この基地の北西、放棄された旧第3採掘エリアに、最近『アーク・リッパー』という古代の機械獣が出没するという未確認情報が……。だが、危険すぎるし、そんなものが都合よくドロップする確証もない……。それに、今からここを離脱して探しに行く時間など……」
その言葉を聞いた俺の目が、ギラリと光った。
(機械生命体……レアドロップ……! 俺なら……!)
「如月さん」
俺は凛に向き直った。
「その『アーク・リッパー』とやらは、どんなやつだ? どこに行けば確実に会える?」
「なっ……正気か!? アーク・リッパーは非常に危険な機械獣だぞ! 今の私たちでは……!」
「俺には考えがある。それに、このままじゃジリ貧だ。EMPなしでは先に進めないだろう? 賭けてみる価値はある」
俺の異常なまでの自信に、凛は一瞬言葉を失ったが、すぐに気を取り直し、何かを決意したように頷いた。
「……分かった。私の
凛は再び目を閉じ、深く集中する。彼女の周囲に淡い光の粒子が舞い、その瞳にはスキャンのような情報が流れ込んでいるのが分かった。
(……いた。北西の旧第3採掘エリア、地下二層。稼働反応、二。間違いない、あれがアーク・リッパーだ……! 距離は……ここからなら、そう遠くない!)
俺と凛は、一時的に通信施設への攻撃を中断し、凛の
やがて、通路の奥から、カシャ、カシャ、という金属質な足音と共に、二つの影が現れた。
それは、狼か豹を彷彿とさせる、しなやかで力強い四足獣型の機械生命体だった。その体表は鈍い銀色の金属で覆われ、関節部や爪、そして長く鋭い牙からは、青白いアーク放電がバチバチと火花を散らしている。赤い単眼が、俺たちを獲物として捉えていた。
鑑定ウィンドウが表示される。
――――――――――――――――
◆
危険度:B+(電撃注意、連携行動あり)
レア度:レア
概要:古代の戦闘用機械生命体の残骸が、ダンジョンエネルギーの影響で
再稼働したもの。俊敏な動きと電撃を纏った爪牙による攻撃が特徴。
体内にEMP効果を持つエネルギーコアを内蔵しているという説がある。
――――――――――――――――
(B+級が二体……。しかも、電撃持ちか。厄介だな……!)
アーク・リッパーたちが、咆哮と共に同時に襲いかかってきた! 一体が凛へと狙いを定め、その鋭い電撃クローを振り下ろす。
「危ない!」
俺は咄嗟に凛の前に割り込み、《喰らう刃》でその攻撃を受け止めた。バチバチッ! という強烈な衝撃と共に、腕が痺れる。だが、致命傷は避けられた。
「なっ……なぜ私を……!?」
凛が驚きと、ほんの少しの動揺を見せる。
「借りを作るのは好きじゃないんでな!」
俺は悪態をつきながらも、もう一体のアーク・リッパーへと向き直る。
凛もすぐに体勢を立て直し、《桜吹雪》を抜き放つ。
「……感謝は、後だ。集中しろ!」
二対二の戦闘。アーク・リッパーの動きは非常に素早く、電撃を纏った攻撃は掠めただけでも痛い。だが、俺と凛の連携は、先ほどよりも遥かにスムーズになっていた。俺が《喰らう刃》で一体を引きつけ、その隙に凛が《桜吹雪》の鋭い太刀筋でもう一体の関節部を狙う。
俺は、アーク・リッパーの直線的な突進を冷静に見切り、《喰らう刃》に全神経を集中させる。タリスマンの効果で、クリティカルの予感が脳裏をよぎる。
「ここだ……!」
渾身の一撃が、アーク・リッパーの頭部(おそらくコアがある場所)を捉えた!
ギャギャギャンッ! という断末魔と共に、一体が機能停止する。
そして――その残骸から、淡い青白い光を放つ球体が、三つもドロップした!
「やった! やっぱりだ!」
凛も、もう一体のアーク・リッパーの動きを巧みに封じ込め、その首元に《桜吹雪》を深々と突き立てていた。彼女もまた、見事な剣技の使い手だった。
そして、俺がとどめを刺すと、二体目のアーク・リッパーからも、同様にEMPグレネードらしき球体が三つドロップした。
「馬鹿な……本当にドロップした……!? しかも、二体連続で、これほどの数を……。偶然……? いや、お前……一体、何者なんだ……!」
凛は、その光景を信じられないといった表情で見つめている。彼女の俺に対する視線が、警戒や不信から、畏怖と、そして強い興味へと変わっていくのが分かった。
俺は、アーク・リッパーたちの残骸を《喰らう刃》に喰わせた。剣は機械的なパーツを吸収し、刀身に微かな電磁パルスが走るようなエフェクトが現れる。攻撃力も「360」から「365」へと上昇した。
そして、ドロップした合計六つの青白い球体を拾い上げる。鑑定するまでもなく、これがEMPグレネードであることは明らかだった。
「……これで、問題は解決だな」
俺は、凛に向かってニヤリと笑ってみせた。
凛は、まだ何か言いたげな表情をしていたが、今は任務が最優先だと判断したのか、小さく頷いた。
「……ああ。感謝する、レン。お前のおかげで、作戦を続行できる」
彼女の口から、初めて棘のない、素直な言葉が漏れた気がした。
十分な数のEMPグレネードを手に、俺と凛はジオテック基地の通信施設へと再突入した。今度は、EMPを惜しみなく使い、残っていた警備ロボットや監視システムを完全に無力化していく。二人の連携は、アーク・リッパー戦を経て、以前とは比べ物にならないほど洗練されていた。
ついに、通信施設の中枢――巨大なサーバーラック群と、メインアンテナの制御装置が並ぶ部屋へと到達する。
「ここが、ジオテックの壁外通信網の重要拠点の一つだ。これを破壊すれば、奴らの情報伝達に大きな打撃を与えられる」
凛が説明する。
俺は頷き、《喰らう刃》を振り上げた。
「じゃあ、派手にやらせてもらうか!」
俺は、サーバーラックを、アンテナ制御装置を、次々と《喰らう刃》で叩き斬り、破壊していく。火花が散り、警報音が鳴り響くが、もう止める者はいない。
同時に、保管されていた魔石(主に低~中品質だが量は多い)や、使えそうな予備パーツ、データチップなどを手早く回収する。これらはレジスタンスにとって貴重な物資となるだろう。
全ての破壊工作と物資回収を終え、俺と凛は追手が来る前に慎重に基地から脱出した。
道中、凛は時折、俺の顔を盗み見るようにしていた。その瞳には、以前のような警戒心は薄れ、代わりに強い興味と、ほんの少しの信頼、そして「この男は一体何なのだ?」という底知れぬ存在への畏怖にも似た感情が複雑に絡み合っているように見えた。
「……レン」
不意に、彼女が口を開いた。
「さっきは、助かった。……礼を言う」
ぶっきらぼうながらも、その声には確かに感謝の響きが込められていた。
「どういたしまして。お互い様だろ?」
俺は、少し照れくささを感じながら答えた。
◆
レジスタンスのアジトへ戻り、エイジャックスに任務完了と成果を報告する。破壊した通信網の状況や、回収した物資(特にEMPグレネードの追加確保)は、レジスタンスにとって予想以上の大きな成果となったようだ。エイジャックスは、俺と凛の報告を聞き、特に凛の俺に対する微妙に変化した評価(彼女はレンの活躍を冷静に、しかし所々で賞賛を交えて報告した)に、驚きと共に深い関心を示した。
「……日下部レン。貴様の力、そして覚悟、確かに見届けさせてもらった。凛からの報告も聞いた。……疑いは、まだ全て晴れたわけではない。だが、お前がジオテックの犬でないこと、そして我々にとって『有用』である可能性は、十分に理解できた」
エイジャックスは、しばらく腕を組んで考え込んだ後、顔を上げた。
「凛。お前も同席しろ。……日下部レンを、ロイさんに引き合わせる」
その言葉に、凛がわずかに目を見開いたのが分かった。
そして、俺の心臓もまた、期待と緊張で大きく高鳴っていた。
ついに、父の残した手がかりである、ロイ・アークレット本人と対面できるのだ。
俺は、エイジャックスと凛に導かれ、アジトのさらに奥、重々しい扉の前に立った。この先に、ロイがいる。
ゴクリと唾を飲み込み、俺は扉が開かれるのを待った――。
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