第26話 不審な動き

 翌日。


「あれ……? 僕、どうやって帰ってきたんだ?」


 朝、自分の寝台で目を覚ましたエカード先生に、私とリタとパウラは静かに自分たちで作った朝食を食べていた。


「おはようございます、先生」

「あぁ、おはよう。って昨日、僕、確か酒場にいたよな? それで、カトリーナが来て……」

「あら、そこまでは覚えていらっしゃるのですね」


 私は焦げ付いた目玉焼きをパクリと食べながら言う。

 私が自分で焼いたものなので、エカード先生が作ったものとは少々出来が良くないのが悔やまれる。

 エカード先生は頭を抱えた。


「っつ……いってぇ。頭がグラグラする」


 すると、パウラが「あらあら二日酔いですねぇ」と言い、お水を汲んでくる。


「二日酔いのお薬、ないんですか?」

「ある。緑色のやつ……」


 そう言って彼は、よろよろと立ち上がると戸棚の前に座って薬を探した。

 パウラからお水を受け取って、見つけた二日酔いの薬を飲む。


「ふぅ……やってしまった。カトリーナ、申し訳ない」

「いえ、いいんです。別にあれから、みんなに手伝ってもらって先生を引きずって帰ったので」


 私は気まずくなりながら昨日のことを思い出した。

 眠った先生をどうしたらいいか、ひとまずマスターさんに手伝ってもらい、その場にいたお客様にも助けてもらった。

 なんなら、ディアナさんも心配になって駆けつけてくれ、全員で彼を引きずって森まで帰ってきたのよね。


 その際、お構いなく引きずったせいで先生の顔には擦り傷、服は泥だらけになっちゃったので、先生の傷薬を勝手に顔にぶっかけたり、魔道具を使ってきれいにした。


 ……というところは話さないでおこうと決めた。

 なんだかんだみんな酔ってたから私の静止も聞いてくれず、やりたい放題になっちゃったのよね。


「まぁ、何はともあれ助かったよ」


 私が話さないと決めたからか、パウラとリタは顔を見合わせてそそくさと朝食を終える。

 私は「えぇ」と曖昧な返事をしてパンをかじった。


 やがてエカード先生も身支度を整え、遅めの朝食を摂る。その間に私は食事を終え、お茶を淹れた。


「エカード先生、食べながらでいいのでちょっと聞いてください」

「え? うん」


 焦げ付いた目玉焼きとソーセージを一緒に食べながら、先生が戸惑いの表情を見せる。多分、あの私の肩に頭を乗せて寝たことは覚えてなさそうね。

 先生のことだから、覚えていたらきっと恥ずかしくなって私をまともに見られないはずだから。


 まぁいいでしょう。本題はここからよ。

 私はお茶を一口含み、先生を真っ直ぐに見つめた。


「昨夜、私は先生を探している間に少々気になることがあったんです」

「気になること?」


 エカード先生は不審そうな声で訊く。

 私は意を決して口を開いた。


「はい。昨夜、先生がいらした酒場で妙な話を聞きまして」


 実はエカード先生が眠ったあと、私はマスターや他のお客さん、ディアナさんから色々と話を聞いたのだった。


「少し前に、不審な男性と屈強な低ランク戦士の方々がこの町にいましたよね。ほら、先生がボコボコにされた」

「あぁ、あいつらな……」

「その方たちを、またここで見かけたというのです」

「なんだと」


 すぐさまエカード先生の顔色が変わる。

 私は慎重にうなずいた。


「どうも彼らはヤーデ地方からやってきたというのです。最初はエカード先生の薬が目的だったようですが、今回は別件のようで」


 私は昨夜、ディアナさんたちが言っていたことを一言一句思い出した。


『そういや、あいつら今日は大人しかったな』

『なんでもこのエカードに返り討ちにあって、自警団に引き渡されたらしいけどよ。あいつらの故郷へ強制送還したら、また戻ってきやがったんだ』

『ヤーデだっけ? 噂ではあそこの領主は傀儡子爵様だとさ。どうにも気味が悪いよ。さっきうちの店にいた冒険者がそう言ってたんだ』

『じゃあ何かい? ヤーデのゴロツキを使って、妙なこと企んでるってのかい?』

『どうだかね……とにかく、あいつらは同じものを持ってたよ。あの魔石ライトをさ』


「傀儡子爵? それは本当か?」


 どうもエカード先生も知らなかったみたい。

 私はこくんとうなずき、口を開いた。


「シュリヒト子爵のことでしょうね。そして、私たちが作った魔石ライトを持っている。掃除用魔道具は捨てたのに、魔石ライトは持っているんです」


 今のところ魔石ライトは私たちが作ったもので、デザインは統一されている。

 一番普及が進んでるノイギーアの方が「魔石ライト」だと言うなら、見間違いじゃないと思う。


 これにエカード先生はすっかり手を止め、何やら思案げな顔をした。


「ちょっと今日は作業をやめよう。カトリーナ、君はアトリエにいてくれ。僕はまた町に行く」

「え? 先生、でしたら私もお供を……」

「大丈夫。何かあれば魔法で知らせるから、その時は来てくれ」


 エカード先生は優しく言いつつも有無を言わせない。

 手早く朝食を口に入れると、彼はすぐにお皿をシンクへ持って行き、お茶もろくに飲まずローブをまとった。


「もう行かれるんですか?」

「あぁ。もうすぐ昼になるし、そうグズグズしてられない。グレルたちもどうするのか確かめたいし」


 そう言うと先生は「じゃあ、留守を頼んだ」と言い残して出て行った。


 うーん。話が結構大きくなってる。

 そして、私はまだ他にも聞きたいことがあったのよ。


「カトリーナ様ぁ」


 リタがおずおずと部屋から出てくる。


「夕べのこと、まだ他に聞きたいことがありましたよね?」

「えぇ。でも、ひとまずこの件が片付くまではお預けかしらね」


 私はリタの頭を撫でた。

 パウラも近づいて、私の肩に手を置いて慰めてくれる。


「まぁ、ゆっくりで良いかと思いますよ」

「そうね。私も考えたいし、ゆっくり聞いてみましょう」


 私のことをどう思っているのか。そして私の前世とやらも。

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