第21話 恩返しと恩恵

 しっかり寝て、朝ごはんまでいただいたらすっかり元気になった。


「まったく、一晩しっかり寝やがって……おかげでオレたちは床で眠る羽目になったぞ!」


 ヴェルデがぶつくさ文句を言うけれど、パンと目玉焼きとスープの朝食を作ってくれたので、怒っているわけじゃないのかもしれない。半分は本音かも。


 私とエカード先生は朝食をいただき、テーブルについていた。

 椅子は三つしかないから、お向かいにはショイが座っている。ヴェルデはせっせと家事をしていた。


「そうだ。お前たち、僕らの仕事を手伝ってくれないか」

「金に汚い天才様がどういう風の吹き回しだい?」

「おい、金に汚いんじゃない。金にうるさいんだ」


 エカード先生が訂正を促すけど、多分そこはどうでもいいと思う。

 それから先生が咳払いをし、話を続ける。


「まぁ僕はぼったくり商法だから、そう言われても仕方ない。だが、お前らに払う賃金はきちんと支払うので、知恵を貸して欲しい。あとは素材の搬入だとか」

「これ以上仕事を増やすんじゃねぇよ。お断りだ」


 ヴェルデは大きく鼻息を飛ばすと、ミルクを飲んでいたショイの頭を叩いた。


「さっさと食って仕事だ仕事! 昨日の騒ぎで中断したからなぁ。そのぶん働かねぇと」

「だったら、昨日お借りしたハンマーで私もお手伝いします! 貸していただけるのなら!」


 元気よく私が提案すると、ヴェルデは目を真ん丸にして私を凝視した。

 ショイも同じように目を見開き、口に運ぼうとしていた目玉焼きをお皿に落とした。

 二人は顔を見合わせ、また私を穴が空くほど見つめる。


「……昨日のあれを見せられちゃな」


 やがて、ヴェルデが渋い顔つきで言う。

 そうと決まれば急いでご飯を食べて片付けてお仕事をしよう!


「いや、僕らもさっさと帰って納品しないと……」

「だったら先生だけ先にお帰りください。私は彼らを手伝います! 恩返ししなきゃ!」


 つれないエカード先生にそう伝え、私はすぐにドワーフたちと一緒に仕事へ向かった。


 なんだかんだ言ってエカード先生もついてきて、ヴェルデたちの仕事を手伝う。

 彼らが受けた依頼というのは、大量の防壁だった。


「単調な仕事だが、何しろ量が多い。全部で百二十は必要らしい。伯爵家からの久しぶりの注文だからよ、気合入れねぇとダメだ」

「伯爵家って……」

「ライデンシャフト家さ」


 あっさりと返すヴェルデ。私とエカード先生は顔を見合わせた。


「どうしてそんな……」

「ヴェルデ、その注文をしたのはライデンシャフト家の誰だ?」


 直球な質問をする先生。トーマンであってほしいけど、トーマンなわけがないのよね。


「そりゃもちろん伯爵夫人さ」


 ヴェルデは私をチラリと見て言った。


「言っとくが、オレたちはなんも聞いてねぇからな。これがどんな用途で使われるのか、嬢ちゃんがあの家から逃げ出した経緯も」

「う、うん……そうなのね」


 私は言葉に詰まり、先生を見た。肩をすくめるエカード先生は追及をやめた。

 謎は深まるけど、ひとまず頭の隅に入れておきましょう。


 すると、ヴェルデが防壁をハンマーで叩きながら話を続けた。


「まぁ、あの伯爵家はずっと昔から贔屓にしてくれてる。それこそムンターが国王の依頼で魔剣を作ってた頃からな」

「ていうことは、お父様の魔剣を作った鍛冶職人ってムンターなの?」

「どの魔剣かは知らんが、だいたいの魔剣はムンターが打ったやつだな。それは基本的に王家からの依頼だが」

「はぁー! そうなのね! そっかぁ、ムンターが打った剣だったんだ」


 私はお父様の部屋にある魔剣を思い出した。

 あの魔剣を見るとムズムズするのはどうしてなんだろう。もしかして、ムンターが私の前世だったりしてね。


「そんなわけないか」


 楽観的に笑うと、ヴェルデとエカード先生がチラリと目くばせしていた。


「良かったな、エアフォルク」


 ヴェルデがニヤリと笑いながら言い、先生は「うるさい」と短く叱責し、ショイは黙々と仕事をする。私は何がなんだかさっぱり分からない。


 そんな時間もあっという間に過ぎ、やがてすべての防壁が完成した。


「ふむ、嬢ちゃんのスキルがありゃ仕事が捗るなぁ。どうだい、お前さん、この唐変木のとこよりこっちで働かないか?」


 どうもヴェルデは私の仕事ぶりが気に入ったみたいで。


「ダメに決まってるだろ! お前らがこっちに来るんだよ!」


 エカード先生は顔を真赤にして怒るし。


「冗談だよ」


 ショイがため息をつきながら言う。

 するとヴェルデは鼻で笑い、私もおかしくなって笑った。


「まぁ、エカード先生に嫌気が差したら考えるわ。二人とも、これからもぜひよろしくお願いしますね」


 そうおどけて言い、彼らを抱き寄せる。二人はもぞもぞと嫌そうに身を捩ったけど、諦めたように動きを止めた。


 しばらく包容し、帰り支度をする。結局、自分のハンマーをオーダーメイドする話は落ち着いてできなかったなぁ。これからゆっくり話し合うかなぁ。

 そう思いつつ、使っていたハンマーがあまりにも手に馴染みすぎて離したくなくなる。

 エカード先生が持っていたハンマーより丸みはないけど頑強で、何度も硬いものを打ち付けたような味のある凹凸のある頭で、持ち手となる柄は柔らかい木材でコーティングしてあるけど芯は何か別のもののような気がする。長く使っていて、それでいて手入れが行き届いているよう。長くて丈夫なハンマー、あぁ、離したくない!


「そのハンマー、やるよ」


 ハンマーとの別れを惜しんでいたら、ヴェルデが急に顔をのぞかせて言った。


「いいの?」

「あぁ。結局、お前さんのハンマーを作る暇がなかった。もとはムンターが使っていたもんだが……まぁ、使い手がいるほうが道具も喜ぶだろうさ」


 そう言うヴェルデは、ふいっと目をそらしてしまう。

 大事な形見だろうに、本当にいいのかしら……。


「もらってやってくれよ。あんたによく似合ってるからさ」


 ショイも一緒になって言うので、私はその言葉に甘えることにした。


 ***


 鉱山を後にし、私とエカード先生は足早に森へ帰った。

 途中で捕まえたグレルの幌馬車に乗り、ようやくあの平屋が見えてくる。


「もう、ほとんど一日留守なんだもん。びっくりしましたよ〜……えっくし!」

「あらやだ、グレルったらまたくしゃみの発作が」

「グレル、もう少しの辛抱だ」


 エカード先生は容赦ない。平屋にたどり着くと、グレルと先生は工房へ向かった。

 私は平屋に入る。すると、リタとパウラが飛び込んできた。


「お嬢様ぁぁ!」

「心配しましたわ!」


 口々にそう言う二人に、私は慌ててしまったけどしっかり抱きとめた。


「ただいま。ちょっといろいろ大冒険だったのよ」

「そうでしょうね! 本当に心配で心配で!」


 いつもは眠そうなパウラも強い口調で言う。リタに至っては私のお腹に顔をうずめて泣きじゃくっていた。

 心配かけてごめんね……。


「お土産話があるの。ちょっとお茶を飲んで、工房でお仕事しながら話を聞いてくれる?」


 そう提案すると、二人はパアッと目を輝かせて喜んだ。

 そうだわ。あのドワーフたちにも今度、二人が欲しがってるものをオーダーしてみようかしら。

 もしくは彼らに魔道具の作り方を教わって私が作るのでもいいわね。

 あぁ、夢が膨らんでいく! ワクワクが止まらない!


 新しく手に入れたハンマーを手に、私はこれからの生活に胸を高鳴らせていた。

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